ワークマン最高益。「法律」と「価格破壊」の二重エンジン

ワークマンが過去最高益を更新する。2025年11月10日、2026年3月期の単独税引き利益が前期比17%増の197億円に達する見通しだと発表した。従来予想を16億円上乗せした数字だ。

要因は二つ。一つは、猛暑と「法律」が後押ししたファン付きウエアなどの夏物商戦。もう一つは、2025年9月に本格参入した「リカバリーウエア」という新市場の掌握である。

前者はB2B(対企業)市場の盤石化、後者はB2C(対消費者)市場の価格破壊を象徴する。この二重エンジンを、具体的な事実から解説する。

価格破壊。3万円市場を1900円で奪取

今回の最高益を強力に牽引するのが、B2C市場、特に2025年9月1日に本格参入した「リカバリーウエア」の爆発的なヒットだ。

「リカバリーウエア」とは、厚生労働省が定める「一般医療機器」(具体的には「家庭用遠赤外線血行促進用衣」)に分類される衣類である。着用することで疲労回復や血行促進の効果が認められた製品を指す。

ワークマンの市場参入が「価格破壊」と呼ばれる理由は、既存市場の常識を覆す価格設定にある。

既存の専門メーカー、例えば「VENEX(ベネクス)」の製品を見ると、リカバリーウエアの上下セットは2万2000円から3万5200円が中心価格帯だ。競合の「TENTIAL(テンシャル)」も、製品価格帯は2万円に達する。

これに対し、ワークマンが「MEDI-HEAL(メディヒール)」ブランドで投入した製品の価格は、長袖シャツが1900円。ロングパンツが1900円。上下を揃えても、わずか3800円である。

最大の強みは、この1900円の製品が、3万円近い高価格帯の製品と同じ「一般医療機器」の認証を取得している点だ。ワークマンの製品も、生地に練り込んだ「8つの鉱石」による遠赤外線効果で血行を促進するメカニズムを採用している。

これは単なる安売りではない。ワークマンはこの「価格破壊」を実現するため、初年度から200万枚という大規模な生産体制を敷いている。この圧倒的な物量が、一着あたりの製造原価を極限まで下げることを可能にした。

参入からわずか数ヶ月で「売れ行きが好調」どころか、すでに「売り切れ続出」 となっている事実が、この戦略の成功を証明している。

財務。197億円(+17%)への高収益構造

このB2C戦略の成功は、2025年11月10日に発表された決算数値に明確に表れている。

ワークマンの決算書では「売上高」ではなく「営業総収入」という指標が使われる。これは、同社のビジネスモデルがフランチャイズ(FC)経営を主体としているためだ。営業総収入とは、全国のFC加盟店から得るロイヤリティと、少数の直営店の売上を合計したものである。

このFCモデルは、極めて高収益な構造を生む。

2025年4月~9月期(中間決算)の実績を見てみよう。

  • 営業総収入: 761億円(前年同期比16%増)
  • 営業利益: 144億円(同21%増)
  • 税引き利益: 92億円(同23%増)

営業総収入の伸び(+16%)に対し、営業利益(+21%)と最終利益(+23%)の伸びがそれを上回っている。これは、FC店が売れば売るほど、ワークマン本体のコストは増えずに利益だけが積み上がる高収益体質を示している。

この好調な中間決算を受け、通期の業績予想も大幅に引き上げられた。

指標2025年4-9月期(実績)前年同期比2026年3月期(通期予想)前年同期比
営業総収入761億円+16%1550億円+13%
税引き利益92億円+23%197億円+17%

出典:2025年11月10日発表の決算情報を基に作成 

通期予想でも、営業総収入の伸び(+13%)に対して税引き利益の伸び(+17%)が高い。高収益なFCモデルが、新製品のヒットによってさらに利益率を高めていることがわかる。

注目すべきは、この「197億円」という過去最高益の予想が、むしろ保守的である可能性だ。最大のヒット商品であるリカバリーウエアが発売されたのは、中間期末の2025年9月である。その売上の本格的な貢献は、これから始まる下期(10月~3月)なのだ。

B2B。「法律」がファン付きウエアを必須化

B2Cのリカバリーウエアを打ち上げるための強固な発射台。それが、ワークマンの祖業であるB2B(対企業)事業だ。

今回の業績上振れ要因として、リカバリーウエアと並んで挙げられたのが「ファン付きウエアなどの夏物商品」の好調である。

この好調の背景には、二つの「追い風」があった。

第一の追い風は「天候」だ。2025年の夏は観測史上最も記録的な猛暑となった。さらに、気象庁の発表通り、9月に入っても全国250地点以上で猛暑日を記録するなど、異常な高温が続いた。これにより、冷却機能を持つファン付きウエアの需要が純粋に高まった。

しかし、B2B需要を決定的に押し上げた第二の追い風は、「法律」である。

2025年6月1日、改正された労働安全衛生法が施行された。

この改正により、企業(特に建設業など)の「熱中症対策」が、努力義務から「罰則付きの義務」へと強化された。

重要なのは、対策が「感覚」ではなく「データ」で義務化された点だ。

厚生労働省は、WBGT(暑さ指数)が28度以上、または気温が31度以上の環境下で、1日4時間以上などの作業を行う場合、具体的な対策を講じることを企業に義務付けた。

この結果、2025年5月まで「快適性」や「生産性」を上げるための道具だったファン付きウエアは、2025年6月1日以降、「法律を遵守するため」の必須装備、つまり「コンプライアンス」のためのツールに変わった。

B2B市場の絶対王者であるワークマンにとって、これは自社の主力製品が「推奨品」から「法定装備」に格上げされたことを意味する。この盤石なB2B需要が、かつてない規模の安定的キャッシュフローを生み出した。

B2Bで稼いだこの潤沢な資金と、過酷な現場で培った機能性ウエアの製造ノウハウ。これこそが、リカバリーウエアというB2C市場で「200万着生産・1900円」という、常識外れな価格破壊を可能にした真の源泉である。

「プロ技術」の全方位制圧

ワークマンのB2C戦略は、新業態の店舗展開にも表れている。2025年9月末の総店舗数は1071店に達し、カジュアル衣料に特化した「ワークマンカラーズ(Workman Colors)」の店舗網拡大が続いている。

「Colors」のコンセプトは、「機能性、低価格、ベーシックなデザイン」を打ち出すことだ。

しかし、今回のリカバリーウエアのヒットが示す事実は、顧客が「Colors」というお洒落な店舗に集まっているのではなく、「MEDI-HEAL」という圧倒的な製品に集まっている、という本質である。

ワークマンの本当の強みは、店舗デザインやマーケティングではない。それは「プロの技術を一般市場に持ち込む」という、製品開発の哲学そのものだ。

競合の「ファーストリテイリング(ユニクロ)」は「高品質なライフスタイルウエア」を売り、2026年度に10.3%の売上増を見込む。競合の「しまむら」は「低価格なファッション」を売り、2025年度中間期で325億円の利益を上げる。

ワークマン(通期営業総収入+13%、利益+17%予想)は、この二大巨頭より高い成長率と利益率を叩き出している。なぜなら、彼らと直接競争しないからだ。

ワークマンが売るのは「プロ仕様の機能性ギア」である。

ユニクロは「一般医療機器」の認証 1 を取るノウハウを持たない。

しまむらは「建設現場の法規制」14 に対応する製品群を持たない。

そして、それを持つ専門ブランド(VENEXなど)は、1900円という価格では絶対に戦えない。

ワークマンは、「プロの機能性を、圧倒的な低価格で」という、どの競合も模倣不可能な独自の市場を確立した。

2026年3月期の197億円という過去最高益は、偶然の産物ではない。

B2B市場を「法律」という追い風で固め、そこで得た利益と技術をB2C市場に投入し、「価格破壊」で市場そのものを奪い取る。この完璧なB2B-B2Cフライホイールが回転し始めた結果である。

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