11月17日「チャイナ・リスク」が日本小売業株を直撃

2025年11月17日の東京株式市場は、小売セクターがパニック的な売りに見舞われた。高市首相の台湾有事に関する国会答弁に対し、中国政府が国民に日本への渡航自粛を呼びかけたと報じられたことが直接の原因である。

17日の終値で、インバウンド(訪日外国人)関連の代表格である三越伊勢丹ホールディングス (3099) やJ.フロント リテイリング (3086) などの百貨店株が軒並み急落。さらに売りは国内消費の枠を超え、中国本土で大規模な店舗網を持つファーストリテイリング (9983) や良品計画 (7453) にも波及した。

これは単なる地政学リスクによる短期的なショックではない。2025年の日本小売業の成長を支えてきた「中国」という巨大市場に対し、国内(インバウンド)と海外(本土事業)の「二重」で依存する構造的な脆弱性が、一瞬にして露呈した「必然的な暴落」であった。

「インバウンド」の変調

まず、国内インバウンド消費のリスクである。17日の売りは、これまで回復基調を楽観視していた市場の前提を根本から破壊した。

日本政府観光局(JNTO)の統計が、その楽観の根拠であった。2025年1月〜9月の累計訪日外客数のうち、中国は前年同期比42.7%増の748万7200人を記録し、国・地域別でトップに立っていた。

この流れは秋以降も加速。8月には、訪日中国人数が新型コロナウイルス感染症拡大後、初めて単月で100万人を突破。9月も訪日外客数全体で326万6800人と9月としての過去最高を記録し、うち中国は77万5500人(前年同月比+18.9%)と、最大の牽引役であり続けた。

市場はこの「中国からの力強い回復」を「ニューノーマル(新常態)」として株価に織り込んでいた。17日の渡航自粛要請は、この成長エンジンが停止するリスクを突き付けた。

PPIHと百貨店

この「インバウンド消失」リスクが、各社の業績にどれほど直結するか。最新の決算データがその脆弱性を示している。

象徴的だったのが、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH, 7532)である。

同社の2025年6月期第2四半期(上期)の免税売上高は、過去最高の798億円に達した。これは前年同期比で+159.2%という驚異的な伸びである。重要なのは、この798億円が、主力のDS(ディスカウントストア)事業の既存店売上高を「4.4ポイント押し上げた」という事実だ。

つまり、PPIHの国内既存店の成長は、インバウンド需要によって「下駄を履かされていた」状態であった。17日のショックは、この「+4.4pt」がそのまま剥落するリスクを意味する。同社が強みとしてきた「訪日客客数シェア率24.3%」という数字は、この日を境に「最大のリスクエクスポージャー」を示す指標に変貌した。

百貨店セクターも同様である。J.フロント リテイリングの2025年10月度の免税売上高は、コロナ前の2019年同月比で+113.0%と絶好調であった。この「コロナ前超え」という完璧なシナリオが、17日に崩壊した。

一方、三越伊勢丹ホールディングスの2025年4月〜9月期(上期)の免税売上高は644億円と、前年同期比で25.3%の大幅減に苦しんでいた。これは前年の特需の反動と説明されたが、市場が底打ちと期待した矢先の10月単月でようやく同3%増とプラスに転じていた。この「底打ち期待」が、今回の渡航自粛報道によって完全に粉砕された。

ユニクロと無印良品

17日の売りが深刻なのは、国内のインバウンド銘柄に留まらなかった点にある。海外、特に中国本土に事業の重心を置くグローバル小売企業が同時に売られた。「二重のリスク」である。

ファーストリテイリング(ユニクロ)は、銀座や新宿の旗艦店でインバウンド売上を失うと同時に、中国本土での事業リスクが直撃する。2025年10月31日時点で、グレーターチャイナ(大中華圏)におけるユニクロの店舗数は897店舗に達している。

これら897店舗が、政治的緊張による不買運動や、中国当局による何らかの規制強化の対象となるリスクが急浮上した。ファーストリテイリングの成長を支えてきた中国事業が、一転して最大のアキレス腱となる可能性が示された。

良品計画(無印良品)の状況はさらに深刻である。同社は2025年10月10日、「中国売上急増で過去最高益を達成」したと2025年8月期決算を発表したばかりだった。

この発表からわずか1ヶ月余り。株価の最大の支援材料であった「中国事業の急成長」が、そのまま最大の「カントリー・リスク」に反転した。投資家は、国内インバウンド売上の消失と、利益の源泉である中国本土事業の急減速という「二重の打撃」を同時に懸念し、利益確定を急いだ。

11月17日の暴落は、日本の小売セクターが成長の果実を「中国」という一つの市場に過度に依存していた事実を、市場参加者全員に痛感させた。今後、市場はこれまで許容してきた高いPER(株価収益率)に対し、恒久的な「チャイナ・リスク」というディスカウントを織り込むことになる。日本小売業の成長戦略は、根本的な見直しを迫られる転換点を迎えた。

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