ドンキが止まらない。
パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の国内ディスカウント事業が、既存店売上高で41カ月連続の前年超えを達成した。これは驚異的な記録だ。
この疾走が、2025年7〜9月期の連結決算を牽引した。純利益は前年同期比39%増の284億円。7〜9月期として過去最高を更新した。
何がこの強さを生んでいるのか。その源泉は「二本柱」にある。
成長を支える「二本柱」
第一の柱は、爆発的なインバウンド(訪日外国人)需要だ。
2025年7〜9月期の免税売上高は475億円に達した。これは前年同期比135.5%という異常な伸びである。勢いは加速しており、2025年10月単月では初の200億円を突破した。
重要なのは、売上の伸び率(135.5%)が、訪日外客数の伸び率を大きく上回っている点だ。これは、PPIHが単なる客数の増加に依存しているのではないことを示す。円安を背景に、高単価な化粧品や医薬品、ブランド品を戦略的に販売し、「客単価」を確実に引き上げている証拠だ。
第二の柱は、プライベートブランド(PB)戦略の成功である。
PB(プライベートブランド)とは、小売業者が自ら企画・開発する独自ブランドの商品を指す。中間マージンを削減できるため利益率が高く、消費者のニーズを迅速に商品化できるメリットがある。
ドンキのPB「情熱価格」は、単なる「安い商品」ではない。「ユニークな商品」として、それ自体が来店動機になっている。
例えば、2025年8月に発売した、バンダイと共同開発した「ウルトラマン」の怪獣ソフビ人形は、カラフルな装飾が人気を集めた。食品でも「しいたけスナック」や「いろいろ使えるたまねぎぽん酢」などがSNSで話題となり、ヒット商品となっている。
これら「ドンキでしか買えない商品」が、国内の根強いファンと、海外の観光客の両方を掴んでいる。この二本柱が、41カ月連続増収という記録を支えている。
純利益39%増の「カラクリ」
純利益284億円。この数字は、2025年11月12日の発表時点で、事前の市場予想平均(268億円)を上回る強いものだった。
だが、この「39%増益」という派手な見出しには、冷静な分析が必要だ。
用語を解説する。営業利益とは「本業の儲け」を示す。純利益とは、税金や本業以外の損益(例えば為替差損益など)をすべて差し引いた「最終的な利益」だ。
PPIHの決算を見ると、本業の儲けである営業利益は413億円。前年同期比でわずか0.7%の増加に留まった。
では、なぜ純利益は39%も跳ね上がったのか。最大の理由は「カラクリ」にある。前年同期に計上していた98億円の為替差損が、今期はなくなったためだ。つまり、39%の増益は、事業が劇的に改善したからではなく、会計上のマイナス要因が消えた影響が極めて大きい。
本当に注目すべきは、営業利益が0.7%しか伸びていないという事実だ。特に、主力の国内ディスカウント事業(ドンキ)の利益は「圧迫」されている。
この事業セグメントは、売上高が3766億円と、前年同期比で221億円も増加した。しかし、営業利益は271億円と、ほぼ横ばい(微増)だった。
221億円も多く売ったのに、利益は増えていない。
その利益はどこへ消えたのか。理由は三つある。
- 報酬改定:アルバイトや正社員の給与を引き上げた人件費の増加。
- 税負担増:外形標準課税の税率変更。
- 未来への投資:2026年に開始する食品新業態への開発費用。
特に深刻なのが、税金と人件費の「二重苦」だ。
外形標準課税とは、資本金1億円超の法人が対象の税金である。この税金は、利益だけでなく「報酬給与額(=人件費)」にも課税される。
つまり、ドンキが社員の給与を引き上げると(報酬改定)、(1)直接の人件費が増え、(2)さらに人件費に連動する税金(外形標準課税)まで増える。これは一時的ではない、構造的なコスト上昇だ。
国内事業は、この重いコストをインバウンド需要とPBの売上で必死に吸収し、ようやく増益を確保している。これが、最高益の裏に隠れたPPIHの「リアルな国内事情」である。
GMS・北米・アジア事業の動向
PPIHは、ドンキ以外の事業も持つ。ポートフォリオ全体を見ると、同社の強みとリスクがより鮮明になる。
まず、GMS(総合スーパー)事業だ。GMSとは、食料品から衣料品、雑貨まで幅広く扱う大型スーパーを指す。PPIHグループでは「ユニー」がこれにあたる。
ユニー事業の営業利益は68億円と、8%増加した。インフレによるコメ価格上昇などもあったが、戦略が巧みだった。あえて生鮮食品などの価格を下げて「割安感」を訴求した。これにより粗利益率は低下したが、客数増加による増収効果で補い、増益を達成した。GMS事業は、安定した収益基盤として「堅守」の役割を果たしている。
対照的に、北米事業は「炎上」した。営業利益は5億円。前年同期比で58%もの大幅減益となった。
ただし、これは事業モデルの失敗ではない。米高級スーパー「ゲルソンズ」の旗艦店が、ロサンゼルスの山火事の影響で閉店に追い込まれたためだ。この「パシフィック・パリセーズ」の店舗焼失という不運な一回限りの出来事が、利益を直撃した。
そして、希望の光がアジア事業だ。営業利益は7億円。前年同期はゼロ(0円)だった。
これは運ではない。「生産性向上」「労働コスト管理」「バックオフィス機能の最適化」といった、地道な経営努力の結果だ。アジア事業は、ようやく赤字を脱し、黒字化の軌道に乗り始めた。
2026年の新業態:「食品75%」の勝算
PPIH経営陣は、国内事業の利益圧迫を正確に認識している。その「答え」が、2026年にベールを脱ぐ新業態だ。
同社は2025年11月12日、2026年に開始する食品販売主体の新ブランド店の詳細を明らかにした。
その構成比が、戦略の核心を突いている。売り上げの75%を食品が占め、残りの25%を雑貨などとする。
この「25%の雑貨」こそが、PPIHの「野望」だ。
鈴木康介COOは決算説明会で「通常のスーパーより非食品の割合が高く来店動機になるほか、高採算が見込める」と述べた。
この発言は、競合スーパーへの「宣戦布告」に他ならない。
従来のスーパーは、集客の目玉である食品の利益率は低い。PPIHの新業態は、この構造を逆手に取る。
- まず、ドンキが得意とする高利益率のPBや雑貨(=25%の非食品)を「利益エンジン」として店内に組み込む。
- この「25%の雑貨」で稼いだ利益を原資に、残り「75%の食品」の価格を戦略的に引き下げる。
- 結果として、競合のスーパー(例えば「まいばすけっと」や「トライアル」など)よりも圧倒的に安い価格で生鮮食品を提供し、顧客を奪う。
これは、ドンキの圧縮陳列やPB開発で培った「ドンキのDNA」を、日常使いの食品スーパー市場に注入する試みだ。国内の利益圧迫から脱却するための、最大の成長戦略である。
市場の評価と今後のリスク
PPIHの株価は2025年8月に上場来高値をつけた後、一服している。決算発表時点(2025年11月12日)では、高値から1割ほど安い水準にあった。
この下落には二つの理由がある。一つは、米関税政策の影響緩和などで、資金が半導体関連など他のセクターへ流れたこと。
もう一つは「PER 36倍台」まで上昇したことへの警戒感だ。
PER(株価収益率)とは、株価が「1株あたり純利益」の何倍かを示す指標だ。企業の利益水準に対し、株価が割高か割安かを判断する目安となる。PERが高いほど、市場の成長期待が高いことを意味する。
小売業でPER 36倍というのは、極めて高い「期待」が込められた数字だ。市場は、PPIHに爆発的な成長を要求していた。
しかし、今回発表された決算は、本業の儲け(営業利益)が+0.7%だった。市場は、純利益39%増という「会計上のトリック」を見抜き、本業の利益が圧迫されている現実を冷静に評価した。
「数カ月間は株価を底上げする材料に乏しい」というアナリストの見立て通り、短期的な利益確定売りが進んだ。
PPIHは今、二つの明確なリスクに直面している。
- 国内の構造的コスト増:人件費と、それに連動する外形標準課税の負担。
- インバウンド依存:475億円(Q1)に達した免税売上は、円高や地政学リスクで一瞬にして吹き飛ぶ不安定さも併せ持つ。
経営陣はこのリスクを理解している。だからこそ、国内では「2026年の新業態」という攻撃的なカードを切り、海外では「アジア事業の黒字化」という守備的な基盤を固めている。
41カ月連続増収という偉業の裏で、ドンキの次なる戦いは、すでに始まっている。




