「モノ」ではなく「体験」を売る
2025年10月31日、生活関連用品の卸大手ドウシシャが、衝撃的な発表を行った。
2026年3月期の通期業績予想。売上高は120,000百万円で「据え置き」。つまり「売る量」は変えない。しかし、「経常利益」の予想だけを、従来の10,000百万円から11,100百万円へと一気に11%も引き上げた。過去最高益の予想を、さらに上乗せした形だ。
なぜ、「売る量」が同じなのに「儲け」だけが劇的に増えるのか。
答えは、同社が単なる「卸売業」から、高付加価値な「ブランドメーカー」へと質的に変貌を遂げている点にある。その利益の源泉は、具体的なヒット商品にある。
事例1:『ゴリラのひとつかみ』
マッサージ器『ゴリラのひとつかみ』。これは単なる「マッサージ機能」を売っていない。「ゴリラにつかまれているようなハイパワー」、「痛気持ちいいを実感」 という強烈な「体験」を売っている。
パッケージには「※ゴリラの握力は500kgといわれています」と記載 。これは機能説明ではない。消費者に「これは他の製品とは違う」と認識させる強力なブランディングだ。
使い勝手も「面ファスナーで取付カンタン」「シンプル操作」 に徹した。結果、この製品は低価格な健康器具とも、高価格な医療機器とも違う新カテゴリを創出し、価格競争から脱却。高い利益率を確保している。
事例2:『電動ふわふわ とろ雪かき氷器』
もう一つの柱が、家庭用かき氷器だ。これは新製品ではない。10年目のロングセラーであり、2025年モデルは「フルリニューアル」された。
このリニューアルが決定的に重要だ。
第一に、従来は「専用容器」の氷しか使えなかったが、新モデルは「家庭用バラ氷も使用可能」になった。これは消費者の「専用の氷を作るのが面倒」という最大の不満点を解決したイノベーションだ。
第二に、「冷凍フルーツをそのまま削れる」機能 。これにより、製品カテゴリが単なる「かき氷器」から「スイーツメーカー」へと拡大した。
ドウシシャは、一度掴んだヒットカテゴリを他社の追随を許さないレベルで進化させ、市場を支配し続けている。消費者は「ドウシシャのかき氷器」を指名買いする。結果、高い価格設定が可能となり、会社全体の利益率を押し上げている。
【数値分析】11%上方修正の詳細
今回発表された「業績予想の修正」 の具体的な数字を確認する。対象は2026年3月期(通期)の連結業績だ。
2026年3月期 通期業績予想 修正比較
(出典:ドウシシャ 2025年10月31日発表資料)
| 項目 | 今回予想 (2025/10/31) | 従来予想 (2025/7/31) | 修正率 |
| 売上高 | 120,000 百万円 | 120,000 百万円 | 0.0% |
| 営業利益 | 10,800 百万円 | 9,800 百万円 | +10.2% |
| 経常利益 | 11,100 百万円 | 10,000 百万円 | +11.0% |
| 当期純利益 | 7,600 百万円 | 6,700 百万円 | +13.4% |
売上高を変えずに利益だけを上乗せできた理由。会社側の説明は「第2四半期(中間期)までの実績が堅調に推移した」ためだ。
これは「売上の“質”」が劇的に改善したことを意味する。前述した『ゴリラ』や『かき氷器』のような高利益率製品が、予想以上に売れた結果だ。
この修正は、単なる四半期の好調さを示すものではない。ドウシシャは「中期経営計画」の最終年度(2026年3月期)の目標として「連結経常利益100億円」を掲げていた。
今回の修正により、この最終目標自体を「111億円」へと大幅に引き上げた。これは、同社の経営戦略が計画を上回るスピードで成功していることの証明だ。
【実績】利益成長は「爆発的」
上方修正の最大の根拠は、同日発表された2026年3月期 第2四半期(中間期)の連結経営成績だ。
この数字は「堅調」という言葉では生ぬるい。「爆発的」な利益成長を示している。
2026年3月期 第2四半期(中間期)連結業績
(出典:ドウシシャ 2025年10月31日発表資料)
| 項目 | 2026年3月期 Q2 | 2025年3月期 Q2 | 対前年増減率 |
| 売上高 | 58,982 百万円 | 54,508 百万円 | +8.2% |
| 営業利益 | 6,143 百万円 | 4,182 百万円 | +46.9% |
| 経常利益 | 6,311 百万円 | 4,322 百万円 | +46.0% |
| 中間純利益 | 4,309 百万円 | 2,884 百万円 | +49.4% |
注目すべきは利益の伸びだ。売上高の伸びは+8.2%と堅実だ。しかし、営業利益は+46.9%、経常利益は+46.0%。売上の伸びの「約5.6倍」の速度で利益が成長している。
市場の速報通り、「2Q累計売上高は8%増と連続で過去最高を更新」「2Q累計最終利益は49%増で5期ぶりに過去最高を更新」した。
上半期(Q2まで)ですでに経常利益6,311百万円を稼ぎ出した。新しい通期目標は11,100百万円。進捗率はすでに56.8%に達している。
これは、ドウシシャが「下半期は成長が鈍化する」ことを見込んだ、非常に堅実な修正であることを示している。将来の「希望」ではなく、すでに「稼ぎ終わった利益」に基づいた、信頼性の高い上方修正だ。
ドウシシャの強み:PBとの違い
最後に、ドウシシャの強さの核心を解説する。
「プライベートブランド(PB)」とは、イオンの「トップバリュ」のように、小売業者が自ら企画する自社ブランドだ。その店でしか買えない「独占性」 で他店と差別化し、利益率を高める戦略だ。
ここが決定的に重要だ。ドウシシャの『ゴリラのひとつかみ』や『evercook』 は、PBではない。
これらはドウシシャが自社で開発した「ナショナルブランド(NB)」である。ドウシシャは「メーカー」として強力なNBを開発し、それを自社が持つ「卸売業」の強大な販売網に乗せ、全国のあらゆる小売店(楽天、ケーズデンキなど)で販売する。
この「強力なメーカー機能」と「広範な卸売機能」のハイブリッドこそが、ドウシシャの利益率の源泉だ。価格決定権とブランド価値を自社でコントロールできるメリットが、今回の「利益のみの上方修正」という結果に直結している。





