王将フードサービス(9936)が2025年10月31日に発表した2026年3月期第2四半期決算(2025年4月1日~9月30日)は、その「二面性」を強烈に示すものとなった。
売上高は585億3百万円。前年同期比8.6%増を記録した。これで4年連続の過去最高売上、5年連続の増収である。8月には創業以来の単月最高売上を更新。既存店売上は実に44か月連続で同月比過去最高売上を更新中という「無敗」ぶりだ。
だが、利益が停滞している。営業利益は53億14百万円(同1.3%増)と5年連続増益を確保したものの、経常利益は54億62百万円(同0.1%減)と、売上の勢いから完全に遅れをとった。
特に7-9月期(第2四半期)の減速が著しい。同期間の連結経常利益は前年同期比18.8%減に落ち込み、売上営業利益率は前年同期の10.2%から8.0%に低下した、との外部試算もある。
顧客は歴史的な勢いで来店している。しかし、利益は出ていない。この強烈な矛盾こそが、王将の現在の戦略を解き明かす鍵である。
インバウンドとコスト高
外食産業の環境は、追い風と逆風が同時に吹く。
追い風は「インバウンド需要」だ。日本政府観光局(JNTO)によれば、2025年8月の訪日外客数は342万8,000人(前年同月比+16.9%)に達した。観光庁の調査では、2025年7-9月期の訪日客の総消費額2兆1,310億円のうち、「飲食費」は4,884億円(構成比22.9%)を占める巨大市場だ。王将の44か月の売上増は、この恩恵を確実に受けている。
逆風は「コスト高騰」だ。総務省統計局の消費者物価指数(2025年9月)では、王将の原価に直結する「豚肉(国産品)」が+6.8%の上昇を示している。さらに「労働力不足の深刻化に伴う人件費の上昇」「店舗建築費・設備費の増大」が経営を圧迫する。
この「取りこぼせない需要(インバウンド)」と「避けられないコスト(インフレ)」に対し、王将は「利益なき繁忙」を甘んじて受け入れ、未来への「種まき」に巨額の投資を行う戦略を選択した。
異次元の「人」への投資
利益停滞の最大の要因は、意図的な「人的資本投資」の断行である。
「人的資本投資」とは、従業員のスキルや知識、健康を「資本」とみなし、その価値を高める投資のことだ。王将の投資額は、業界の常識を逸脱している。
2025年度の月例給改定では、労働組合の要求を上回り、一人当たり平均で30,139円の賃上げを実施した。賃上げ率は8.2%に達する。
厚生労働省の調査による「宿泊業、飲食サービス業」の2025年の平均賃金改定率が4.7%(上昇率は2.9%)であることと比較すれば、王将の8.2%がいかに突出した数値であるかわかる。
これはインフレ対応ではない。競合他社から人材を確保するための「攻撃的な投資」である。
投資は続く。大卒の新卒初任給は21,500円引き上げ、300,000円とした。直近3年間の賃上げ率は約29%に達する。
さらに、全社員に対し総額7億円を超える譲渡制限付株式(RS)を交付。従業員持株会への奨励金(会社補助)も、従来の拠出額の5%から20%へと4倍に引き上げた。
採用(初任給30万)、定着(賃上げ率8.2%)、長期インセンティブ(株交付、持株会20%)のすべてに巨額の資金を投下。これが、Q2の利益を圧縮した最大の要因である。
QSCと設備への投資
王将は、外食の基本原則「QSC」にも徹底的に投資する。QSCとは Q(Quality: 品質)、S(Service: 接客)、C(Cleanliness: 清潔さ) を指す。前述の人的資本投資が「S」を担保するならば、設備投資は「Q」と「C」を担保する。
Q (Quality: 味)
「餃子の王将をもっと美味しく Challenge 2025」の一環として麺をリニューアル。卵の調合や麺の厚みを見直し、コシとコクを強化。北海道産小麦の風味を活かす太さの「平打ち麺」を新開発した。
Q (Quality: 安全) と C (Cleanliness: 清潔)
主力工場である久御山工場(京都)と東松山工場(埼玉)に、異物を自動で検出・除去できる「最新の異物選別機」を導入。九州工場の餃子製造ラインも最新設備に更新し、品質向上と省人化を図る。44か月の売上増による生産ラインの高負荷を、技術投資でヘッジする。
体験 (店舗)
象徴的なのが2025年9月オープンの「阪神尼崎店」のリロケート(移転)だ。
旧店舗は、約47年間営業したワンフロア約12坪・3階建ての狭小物件だった。これを、1階ワンフロア70坪の新店舗へ移転。客席数は43席増加した。
結果、旧店舗では取りこぼしていた「ファミリー層やシニア層」の獲得に成功。12坪から70坪への拡大は、売上増のボトルネックを物理的に解消する投資である。
DXと顧客の固定化
王将は、顧客の「固定化」にもマージン(利益)を投下する。
「2025年版ぎょうざ倶楽部」では、会計が税込10%割引となる「プラチナ会員」を新たに導入。その結果、ぎょうざ倶楽部会員数は過去最高の132万名に達した。この10%割引は、132万人のロイヤリティを維持するための販促費であり、これも利益を圧迫する要因の一つである。
「DX(デジタルトランスフォーメーション)」も推進する。DXとは単なるIT化ではなく、デジタル技術によるビジネスの「変革」を指す。
王将は「テイクアウトネット予約システム」をFC加盟店にも順次導入している。だが、注目すべきは「IT有識者会議」の新設である。
取締役会の諮問機関として、ITに関する専門知識を持つ社外の有識者2名を構成員に加えた。これは、DXが「システム導入自体が目的化する」 という日本企業特有の失敗を避け、投資を最適化するための成熟したガバナンス体制である。
社会と株主への還元
王将の支出は、未来への投資だけではない。「社会」と「株主」への現在の還元も同時に行う。
社会(サステナビリティ)
2021年から続く「お子様弁当」の無償提供は、累計で100万食、金額にして3億円に達した。参加した子ども食堂等の団体数は、当初の377団体から1,988団体まで拡大している。2025年4月にはキッチンカーを石川県七尾市能登島へ派遣した。
環境(TCFD)
「TCFD」とは、気候変動が財務に与えるリスクと機会の開示を求める国際的枠組みである。王将はTCFD提言に基づき、サプライチェーン排出量(Scope 1, 2, 3)のCO2排出量を算定。売上高当たりのCO2排出量が前年度比で減少していることを確認した。
株主(ファイナンス)
そして、利益停滞のもう一つの巨大な要因が「株主還元」である。
王将は2025年5月、144億90百万円(約145億円)を投じ、自己株式4,200千株(420万株)を取得した。さらに5,000千株(500万株)の自己株式消却も2025年5月30日付で実施している。
利益圧縮と未来投資
王将の中間決算が示す「利益なき繁忙」の正体。それは、コスト高に苦しむ守りの姿ではない。
2025年9月30日時点の中間連結キャッシュ・フロー計算書を見れば、現金及び現金同等物が144億36百万円減少している。その最大の要因は、本業の「営業活動」(+48億)や「投資活動」(-22億)ではない。「財務活動」(-170億)であり、その中身こそ「自己株式の取得による支出 144億90百万円」である。
王将の戦略は明確だ。
- 未来への投資:「人件費8.2%増」 や「最新の異物選別機」 など、未来の売上と安全に巨額を投下する。
- 株主への還元:「145億円の自社株買い」で、現在の資本効率を最大化する。
通常は相反するこの「二正面作戦」を、王将は75.1%という鉄壁の自己資本比率と、44か月連続の売上増という本業の強さを背景に、同時に強行している。
Q2の18.8%減益は、この巨額の「種まき」のコストである。競合他社が人手不足とコスト高に喘ぐ中、王将は意図的に利益を圧縮してでも、飲食業界における「人材」と「品質」の恒久的な堀を築いている。




