日本の小売業界の勢力図が、静かに、しかし劇的に塗り替えられています。その主役はドラッグストアです。

10兆円市場への飛躍
2024年度、ドラッグストア業界の市場規模は、前年度から9.0%増となる10兆307億円に達し、ついに10兆円の大台を突破しました 。日本チェーンドラッグストア協会が掲げた「2025年に10兆円」という目標を1年も前倒しで達成したこの数字は、業界の爆発的な成長力を示しています 。この市場規模はすでに百貨店を大きく引き離し、約11.8兆円のコンビニエンスストア業界の背中を捉えるほどの存在感です 。この1年で新たに682店舗が増え、全国の総店舗数は2万3,723店に達しました 。

成長エンジンは「食品」
この驚異的な成長を牽引しているのが「食品」です。2024年度、食品分野の売上は前年比13.2%増という2桁成長を記録し、2兆8,329億円に達しました 。この成長率は、ヘルスケア(8.7%増)やビューティケア(11.7%増)といった他の主要カテゴリーを大きく上回ります 。物価高に苦しむスーパーマーケットの売上成長率が前年比数パーセント台にとどまる中 、消費者の足が明らかにドラッグストアへ向かっているのです。

安さのカラクリ
なぜドラッグストアは食品でこれほど強いのでしょうか。答えは、その独特なビジネスモデルにあります。医薬品や化粧品は粗利益率が非常に高く、これが安定した収益の柱となっています 。この強固な収益基盤があるからこそ、利益率の低い食品を「集客のための道具」として、スーパーよりも安く販売できるのです。安い牛乳を買いに来た客が、ついでに利益率の高い薬や化粧品を買っていく。この「ついで買い」を誘発する仕組みこそが、スーパーには真似のできない非対称な競争力の源泉です。

破壊者たちの戦略
この戦略を最も先鋭化させているのが、九州地盤のコスモス薬品です。食品の売上構成比は業界トップクラスの60%超に達し 、その利益率は約14%という低さです。これを可能にするのが、徹底したローコスト運営。「ポイントカードなし、キャッシュレス決済ほぼなし、特売セールなし」を貫き、削減したコストをすべて価格に還元することで、販管費率を約16-17%という驚異的な低さに抑えています 。
対照的なのが、イオン主導で誕生した売上高2兆3,000億円の「ツルハ・ウエルシア連合」です 。彼らの武器は圧倒的な「規模」。統合から3年間で500億円のシナジー創出を目指し、共同仕入れやイオンのPB「トップバリュ」の活用、物流の効率化を進めます 。これは、ドラッグストアの身体にスーパーの頭脳を移植するような、壮大な試みです。
そして、スーパーの領域に最も大胆に踏み込んでいるのが、北陸地盤のクスリのアオキです。地方のスーパーをM&A(買収)することで生鮮食品のノウハウを獲得し、スーパーの完全代替を目指しています 。2023年11月時点で全店舗の85%で精肉と青果の販売を実現しており 、これはドラッグストアによる市場への最も直接的な挑戦と言えます。

岐路に立つスーパー
この地殻変動の中、スーパーマーケットは顧客流出と利益圧迫という深刻な事態に直面しています。価格競争では勝ち目がなく、生き残るには「生鮮」という最後の砦を死守し、品質と体験価値で差別化するしかありません 。ドラッグストアの食品強化は一過性のブームではなく、日本の小売地図を永遠に描き変えた構造変化なのです。
