良品計画、1兆円への逆説

利益予想の謎

株式会社良品計画の株価が2025年10月14日、大幅続伸した。その数日前に発表された2025年8月期決算は、営業収益が前期比18.6%増の7,846億円、営業利益は同31.5%増の738億円と、いずれも過去最高を記録。市場の事前予想すら15億円上回る絶好調ぶりだった。

しかし、同時に示された2026年8月期の営業利益見通しは790億円。これは市場コンセンサスの約830億円を30億円も下回る数字だ。通常なら株価は下落する。なぜ、市場はこれを好感したのか。答えは、投資家がこの「保守的」な数字の裏に、短期利益を犠牲にしてでも未来の成長基盤を築くという、経営陣の固い決意を読み取ったからである。良品計画は、過去最高の利益を元手に、守りから世界的な攻勢へと舵を切ったのだ。

パリ、再起の舞台

その攻勢の象徴が、欧州への再挑戦である。長年、高いコスト構造に苦しんできた欧州事業は、不採算店舗の閉鎖という痛みを伴う構造改革を経て、2025年8月期に遂に黒字転換を果たした。この財務的な安定を「安全な基地」として、良品計画は次の一手を打つ。

2026年秋冬、パリ中心部のリヴォリ通りに、欧州最大となる売場面積600坪(約2,000平方メートル)の旗艦店「MUJI Rivoli」を開業する 。これは単なる大型出店ではない。日本国内で成功を収めている「600坪郊外型」という勝利の方程式を、初めて欧州の心臓部に移植する壮大な実験である 8。このパリ旗艦店の成否が、欧州事業の未来を占う。

アジア、成長の主戦場

アジアは引き続き成長のエンジンであり続ける。2026年8月期には海外で84店舗を純増させ、期末の海外店舗数を785店舗とする計画だ 。特に、年間純増計画60店舗のうち半数の30店舗は中国大陸に集中させる。ここでは単に店舗数を増やすだけでなく、古い小型店を閉鎖し、より収益性の高い大型店へと置き換える「スクラップアンドビルド」を加速させている 。

さらに、次なる巨大市場として東南アジアでの支配力を確立する。タイのバンコクに988坪、ベトナムのホーチミンに905坪という圧倒的な規模の旗艦店を開業し、地域全体の成長を牽引する拠点とする計画だ。また、グローバルな開発・生産管理拠点(MGS)を6拠点に拡大し、食品カテゴリーにおける現地開発商品の構成比を現在の4%から7%に引き上げることで、より地域に根差した商品展開を進める 。

日本、揺るがぬ本拠地

この世界的な野心を支えるのが、盤石の国内事業だ。2025年8月期の国内事業は、営業収益が前期比20.9%増の4,701億円、セグメント利益は31.2%増の521億円と、全体の収益を力強く牽引した。

国内戦略の核は、集客力の高い食品スーパーに隣接する形で600〜800坪の大型店を展開することにある 。これにより、無印良品を「特別な店」から「日常使いの店」へと変え、顧客の生活に深く浸透させる。2026年8月期には国内で48店舗を純増させ、総店舗数は723店舗に達する計画だ 。

この戦略の神経中枢を担うのが、公式アプリ「MUJI Passport」である 。このアプリは、顧客がどの商品を閲覧し、どう店内を移動したかといった行動データを収集・分析。そのデータは、マーケティング施策から新規出店の立地計画にまで活用される 。さらに、決済機能「MUJI Passport Pay」の導入でレジ業務を効率化し、将来的には全チャネルの在庫を一元管理することで、あらゆる販売機会を捉える完全なOMO(Online Merges with Offline)の実現を目指している 。

1兆円への設計図

良品計画は、営業収益1兆円、営業利益率10%の達成を「早期」の目標として掲げる 。2024年に発表された中期経営計画では、2027年8月期に営業収益8,800億円を目標としており 、現在の成長ペースを維持すれば、1兆円という大台は2028年から2029年にかけて現実のものとなる。

しかし、その道筋にはリスクも存在する。国内の成功モデルが欧州で通用する保証はない。海外売上の多くを依存する中国市場は、地政学的リスクを抱える。そして、急速なグローバル展開は、ブランドの価値を希薄化させる危険性もはらむ。

良品計画の戦略は、国内で確立した成功モデルを世界へ輸出するという、計算されたものだ。保守的に見える利益予想は、この壮大な計画に必要な投資の予告に他ならない。パリの旗艦店「MUJI Rivoli」のオープンは、同社が1兆円企業へと飛躍できるかを占う、重要な試金石となるだろう。

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