「コンビニ頼み」からの脱却なるか? カナダ社買収提案の波紋、社長交代、そして伊藤忠との微妙な関係――。なにかと市場の注目を集めるセブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)。直近の決算内容と、喫緊の課題を多角的に分析し、日本を代表するリテール企業の今後を占う。
逆風下の2024年度決算と、V字回復期す2025年度計画
セブン&アイが2025年4月に発表した2024年度(2025年2月期)連結決算は、営業収益こそ前期比4.4%増の11兆9727億円と拡大したものの、本業の儲けを示す営業利益は前期比21.2%減の4209億円、経常利益は同26.1%減の3745億円、最終的な親会社株主に帰属する当期純利益は同23.0%減の1730億円と、減益決算となった。これは、国内コンビニエンスストア事業の苦戦や、構造改革に伴う一時的な費用の発生などが影響したとみられる。
一方で、2025年度(2026年2月期)の連結業績予想では、営業利益は4240億円(前期比0.7%増)とほぼ横ばいながら、スーパーストア事業や金融事業の非連結化などグループ構造改革の完了に伴い、親会社株主に帰属する当期純利益は2550億円(前期比47.3%増)と大幅なV字回復を見込む。EPS(1株当たり当期純利益)も66.62円から101.96円への増加を予想しており、市場の期待に応えたい考えだ。
【表1】セブン&アイ・ホールディングス 連結業績
決算期 | 営業収益 | 営業利益 | 経常利益 | 親会社株主に帰属する当期純利益 | EPS (円) |
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2024年度(実績) | 11兆9727億円 | 4209億円 | 3745億円 | 1730億円 | 66.62 |
2025年度(予想) | 10兆7220億円 | 4240億円 | 3860億円 | 2550億円 | 101.96 |
前期比(予想) | 89.6% | 100.7% | 103.0% | 147.3% | 153.0% |
出典:セブン&アイ・ホールディングス 2025年2月期 決算短信

セグメント別分析:「国内コンビニ」の変調と「海外コンビニ」への期待
セグメント別に見ると、グループ収益の大黒柱である国内コンビニエンスストア事業は、営業収益9041億円(前期比1.9%減)、営業利益2335億円(同6.8%減)と振るわなかった。既存店売上高の伸び悩みや、人件費・水道光熱費といったコスト増が響いた形だ。
一方、成長エンジンとして期待される海外コンビニエンスストア事業は、営業収益9兆1707億円(同7.7%増)と増収を確保したものの、営業利益は2162億円(同28.3%減)と大幅な減益となった。買収したSpeedway事業ののれん償却負担や、米国内のインフレ環境などが影響したとみられる。
スーパーストア事業は営業収益1兆4321億円(同3.1%減)、営業利益104億円(同23.3%減)と厳しい状況が続く。同社はイトーヨーカ堂などの株式の過半を2025年夏にも投資ファンドに売却する予定で、構造改革を急いでいる。
金融関連事業(セブン銀行など)は営業収益2121億円(同2.2%増)、営業利益320億円(同16.1%減)だった。
財務健全性は?気になる指標をチェック
企業の財務体質を見る上で重要な自己資本比率は、2025年2月末時点で35.4%と、一定の安定性を保っている。本業のキャッシュ創出力を見る営業キャッシュフロー(金融事業除く)は、2024年度実績で7832億円とプラスを維持した。
収益性を示すROE(自己資本利益率)は4.5%(調整後ROEは5.1%)と、日本の大企業としては物足りない水準にとどまる。株主への還元については、2024年度の1株当たり配当金は株式分割を考慮後で年間37.6円。2025年度は年間40.0円(株式分割考慮後)、2026年度予想では年間50.0円と、累進配当政策を継続する方針だ。さらに、2025年度中に最大6000億円、2030年度までに合計2兆円の自己株式取得枠を設定するなど、株主還元強化の姿勢を鮮明にしている。

「物語」の主役は? セブン&アイが描く成長戦略の核心
セブン&アイは、「顧客第一」「実行力」「コストコントロール」「グローバルでの取り組みの共有」を株式価値向上のための4つの柱と位置づけている。
具体的には、以下の戦略を推進する方針だ。
- コンビニ事業への集中と成長加速: 国内外でオリジナル商品の強化、デジタル・デリバリーの推進、店舗ネットワークの最適化を進める。特に、成長市場である北米コンビニ事業(7-Eleven, Inc.、以下SEI)の強化は最重要課題の一つ。
- バリューチェーン全体の収益力向上: 商品開発から製造、物流、販売に至るまでの効率化と高付加価値化を図る。
- 規律ある投資戦略と強固なバランスシート維持: 成長投資と株主還元を両立させつつ、財務規律を維持する。
- SEIのIPO実現: 2026年度下半期までのSEIのIPO(新規株式公開)を目指す。これにより、SEIの企業価値を顕在化させ、成長投資の柔軟性を高める狙いがある。
- 非中核事業の再編: スーパーストア事業の株式過半売却や、セブン銀行の非連結化(2025年度内完了目標)を進め、経営資源をコンビニ事業に集中させる。
これらの戦略を通じて、「食」を中心とした世界トップクラスのリテールグループを目指し、企業価値の持続的な向上を図る「物語」を描いている。

株価指標はどう見る? PEGレシオとPSRからの示唆
企業の株価が割安か割高かを判断する指標の一つにPEGレシオがある。これはPER(株価収益率)を1株当たり利益成長率で割ったもので、一般的に1倍を下回ると割安とされる。
2025年6月4日終値(2,235円)を基に試算すると、2024年度実績EPS(66.62円)と2025年度予想EPS(101.96円)から算出される利益成長率は約53.05%。予想PERは約21.92倍となり、PEGレシオは約0.41倍となる。これは一見して割安な水準だが、2025年度の利益成長は構造改革費用の一巡など特殊要因も含まれるため、持続的な成長性を見極める必要がある。
また、売上高と株価の関係を示すPSR(株価売上高倍率)*は、時価総額(約5兆8212億円)を2024年度の営業収益(約11兆9727億円)で割ると*約0.486倍となる。PSRは主に利益が出ていない新興企業の評価に用いられることが多いが、セブン&アイのような巨大企業にとっては、その売上規模に対する市場評価の一端を示すものと言える。競合他社との比較も有効だろう。

買収提案、社長交代、伊藤忠との「距離」…揺れる足元の最新動向
カナダ大手からの買収提案とMBO構想の行方
2023年夏頃、カナダのコンビニ大手アリマンタシオン・クシュタールからセブン&アイに対し、巨額の買収提案があったと報じられた。セブン側は独占禁止法上の懸念などから厳しい条件を提示したとされ、交渉は実質的に進展していない模様だ。
一方、この買収提案への対抗策と目されたのが、創業家を中心としたMBO(経営陣が参加する買収)構想だった。一時は総合商社の伊藤忠商事もスポンサー候補として名前が挙がったが、2025年2月頃に資金調達の難航から頓挫したとされる。
新社長デイカス氏の手腕に期待と注目
2025年5月、スティーブン・ヘイズ・デイカス氏が新社長に就任した。同氏はウォルマート傘下の西友CEOとして6期連続増収増益を達成した実績を持ち、グローバルな視点と小売業界における豊富な経験、そして日本語も堪能な人物として知られる。「スピードはとても重要だ」と語るデイカス新社長の下、非中核事業の整理やグローバル戦略の推進といった重要課題に対し、どのようなリーダーシップを発揮するのか注目が集まる。
セブン銀行と伊藤忠の「すれ違い」-提携交渉は白紙か?
セブン&アイの金融子会社であるセブン銀行を巡っては、2025年5月に伊藤忠商事が出資を検討していると報じられた。ファミリーマートを傘下に持つ伊藤忠にとって、セブン銀行のATM網は魅力的に映ったとみられる。セブン銀行側も、キャッシュレス化が進む中、ATM事業の新たな展開先としてファミマとの連携は大きな商機となり得た。
しかし、この提携交渉は一転して難航。背景には、セブン&アイのMBO構想が頓挫したことで潮目が変わり、セブン&アイ側が「ライバル(ファミマ)に塩を送ることになる」と難色を示したとの観測がある。関係者からは「交渉は停止した」「白紙に戻った」との声も聞かれ、発表間近とされた提携は暗礁に乗り上げた可能性が高い。
セブン&アイは2025年度中にセブン銀行を非連結化する方針を示しており、セブン銀行にとっては独立した成長戦略の構築が急務となる。ATM事業の収益性維持に加え、海外展開や法人向けサービスといった新規事業をいかに具体化できるかが問われる。

今後のセブン&アイ:課題と成長の針路を読む
セブン&アイは今、大きな変革の渦中にある。
課題として挙げられるのは、
- 国内コンビニ事業の再成長: 競争激化と市場飽和感の中で、いかに収益性を高め、持続的な成長軌道に戻せるか。商品開発力、店舗オペレーションの効率化、新たな顧客体験の提供が鍵となる。
- 海外コンビニ事業の収益性改善: 特に北米市場でのM&A後のPMI(買収後の経営統合)を確実に進め、シナジー効果を早期に実現する必要がある。SEIのIPOを成功させ、さらなる成長資金を確保できるかも焦点だ。
- 非中核事業整理の確実な実行: スーパーストア事業の売却やセブン銀行の非連結化を計画通りに進め、コンビニ事業への集中を加速できるか。
- 新体制のリーダーシップ: デイカス新社長の下で、スピード感を持った意思決定と改革の実行が求められる。
一方、成長可能性としては、
- グローバルCVS事業のポテンシャル: 海外、特に北米やアジア市場におけるコンビニエンスストア事業の成長余地は依然として大きい。7-Elevenブランドの強みを生かし、積極的な事業展開が期待される。
- 株主還元強化による市場評価の改善: 大規模な自己株式取得や累進配当は、株価の下支えや投資家の信頼向上に繋がる可能性がある。
- 構造改革による収益性向上: 非中核事業の整理が進めば、経営効率の改善と収益性の向上が期待できる。
「ダウントレンド」との厳しい声も聞かれるセブン&アイだが、課題を克服し、成長戦略を確実に実行することで、再び市場の信頼を勝ち取ることができるか。新経営体制の手腕と、大胆な構造改革の行方が、今後の同社の針路を大きく左右することになるだろう。
