松屋、「六厘舎」91億円買収

牛丼大手、ラーメン市場へ電撃参戦

2025年12月15日、外食業界に激震が走った。

「松屋」を展開する松屋フーズホールディングス(HD)が、つけ麺のパイオニア「六厘舎」などを運営する株式会社松富士(東京都千代田区)の全株式を取得し、完全子会社化すると発表したのだ。

買収額は91億円。

株式譲渡実行日は2026年1月5日を予定している。

この発表を受け、松屋フーズHDの株価は翌日から3日続伸を記録。市場はこの巨額投資を、成長への強烈な意思表示として好感した。なぜ今、松屋はラーメンに賭けるのか。その背景には、7900億円市場への野心と、緻密な計算があった。

買収された「松富士」の実力

今回、松屋が手に入れたのは単なるラーメン屋ではない。極めて収益性の高いブランドポートフォリオ(事業の組み合わせ)を持つ優良企業だ。

91億円の価値がある「数字」

まずは買収対象の実態を数字で見てみよう。

  • 企業名:株式会社松富士
  • 店舗数:120店舗(2025年11月末時点)
  • 売上高:100億6000万円(2025年6月期)
  • 営業利益:4億300万円(2025年6月期)

年間売上100億円を超える企業を、売上の約0.9倍にあたる91億円で手に入れた計算になる。一見高額に見えるが、松富士が持つ「ブランド力」を考えれば、決して高い買い物ではない。

松屋が欲しかった「4つの最強ブランド」

松富士の強みは、客層の異なる強力なブランド群にある。これを傘下に収めることで、松屋はあらゆる顧客層を一網打尽にできる。

  1. 六厘舎(ろくりんしゃ)
  • 概要:超濃厚スープつけ麺の元祖。
  • 役割:東京駅や羽田空港など、日本の玄関口で行列を作る「インバウンド(訪日外国人)」獲得の切り札。
  1. 舎鈴(しゃりん)
  • 概要:「毎日食べても飽きない」がコンセプトの魚介出汁系。
  • 役割:駅ナカや商業施設に強く、女性やファミリー層を取り込める。2025年12月には大阪・梅田にも進出しており、全国展開のポテンシャルを持つ。
  1. ジャンクガレッジ
  • 概要:二郎インスパイア系の「まぜそば」ブーム火付け役。
  • 役割:埼玉県を地盤に、ガッツリ食べたい男性ファンを熱狂させる。松屋の既存客層とも親和性が高い。
  1. トナリ
  • 概要:1杯で360gの野菜が摂れるタンメン専門店。
  • 役割:健康志向層への訴求力が抜群。

これらは、牛丼一本足打法だった松屋にとって、喉から手が出るほど欲しかったコンテンツだ。

なぜ今、「ラーメン」なのか

松屋がここまでしてラーメンにこだわる理由は、市場の構造変化にある。

7900億円市場の争奪戦

帝国データバンクの調査によれば、2024年度のラーメン店市場規模は7900億円に達した。これは10年前の1.6倍という驚異的な成長率だ。

原材料高や人件費高騰で「1000円の壁」が叫ばれる中、ラーメンは客単価を上げても客が離れない稀有なジャンルへと進化している。

競合他社の動き

ライバルたちも黙ってはいない。

  • ゼンショーHD(すき家):M&Aを繰り返し、食材調達から物流までを垂直統合する「食のインフラ」化を推進。
  • 吉野家HD:傘下のウィズリンクを通じ、海外展開を加速。
  • ギフトHD(町田商店):香港などへの出店を強化し、世界進出を狙う。

もはやラーメンは、日本国内のB級グルメではなく、世界で戦える「グローバルコンテンツ」なのだ。松屋はこの波に乗り遅れるわけにはいかなかった。

勝算はあるか? 「埼玉」が鍵を握る

M&A(企業の合併・買収)において最も重要なのは、買った後にどう利益を出すか、つまり「シナジー(相乗効果)」だ。今回の買収には、地理的な勝算がある。

物流拠点の近接性

実は、両社はともに埼玉県に心臓部を持っている。

  • 松富士:埼玉県所沢市にセントラルキッチン(集中調理施設)を保有。
  • 松屋フーズ:埼玉県比企郡川島町に巨大な生産物流センターを保有。

所沢と川島は、圏央道を使えば車ですぐの距離だ。

松屋が得意とする「物流・調達の効率化」と、松富士が持つ「職人の味」を、この近接した拠点で融合させることで、劇的なコストダウンと品質維持が期待できる。

松屋はこれまでも「松軒中華食堂」などでラーメン業態を試みてきたが、決定打に欠けていた。そのノウハウ不足を、松富士の持つ所沢の生産能力とブランド力が一気に埋めることになる。

今後の展開:2026年からの「食の総合商社」へ

松屋フーズHDは、今回の買収を「中長期戦略の柱」と位置づけている。

2026年1月5日、株式譲渡が完了し、新生・松屋グループが動き出す。

今後街中で「松屋」の看板を見かけたら、その隣や近くに「六厘舎」や「舎鈴」が出店していないか注目してほしい。

牛丼で培ったオペレーション力で、あの行列店があなたのオフィスの近くにやってくる日は、そう遠くないかもしれない。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA