セブン銀行、日経スクープが告げた号砲

2025年10月10日、日本経済新聞が報じた一本のスクープが、金融業界に衝撃を与えました。山口県の第二地方銀行、西京銀行が2029年までに自行のATM全80台をセブン銀行の最新機種に切り替える、という内容です。これは単なる設備更新ではありません。地方銀行が自前で金融インフラを抱える時代の終わり、「脱自前」時代の本格的な幕開けを告げる号砲でした。

この決断は、銀行と顧客の双方に劇的な変化をもたらします。西京銀行は、これまで重荷だったATMの維持コストを大幅に削減できます。旧来の固定費モデルから、セブン銀行との利用回数に応じた従量課金制へ移行できるからです。一方、顧客の利便性は飛躍的に向上します。自行のATM網という制約から解放され、全国約2万8000台のセブン銀行ATMが新たな窓口となります。24時間無料での現金引き出しはもちろん、これまで不可能だった住所変更や口座開設といった手続きまで、出張先や旅先のコンビニで完結できるようになるのです。

全廃か、共同化か

地方銀行は今、ATM戦略において二つの大きな道、すなわち「全廃」か「共同化」かの選択を迫られています。

最も大胆な「全廃」の道を選んだのが、石川県の北國フィナンシャルホールディングスです。2024年9月までに、傘下の北國銀行が設置する店舗外ATM125台をすべて廃止するという計画を断行しました。この背景には、ATMの利用時間が全稼働時間のわずか2割程度に過ぎないというデータがあります。同行はATM廃止で浮いたコストを原資に、地域の小売店などへ約8000台を超えるカード決済端末を無料で提供し、地域全体のキャッシュレス化を主導する戦略に舵を切ったのです。

一方、より多くの地銀が現実的な活路として見出しているのが、セブン銀行との「共同化」モデルです。西京銀行のほか、福井銀行や名古屋銀行などが先行事例です。福井銀行は自行の店舗外ATMをセブン銀行ATMに置き換えることで、顧客が利用できる拠点を全国規模へと拡大。さらに、最新の第4世代セブン銀行ATMでは、運転免許証やマイナンバーカードを使った住所・電話番号変更が可能になるなど、単なるコスト削減に留まらない「機能の向上」も実現しています。

特徴全廃モデル(北國銀行)共同化モデル(西京/福井銀行)
中核目標キャッシュレス化の強力な推進、抜本的なコスト削減現金アクセスの利便性維持、コスト最適化、サービス機能向上
顧客体験デジタルアプリと提携ATMへ移行全国規模の24時間ネットワークへアクセス拡大、新サービス利用可能
コストハードウェア、保守、現金輸送費など最大のコスト削減効果固定費から変動費(従量課金)へ移行し大幅なコスト削減
リスク現金依存度の高い顧客層の離反特定の外部事業者への戦略的依存

覇者セブン銀行の誕生

この地殻変動の中心にいるのがセブン銀行です。その地位を決定づけたのが、ファミリーマートとの提携でした。株主である伊藤忠商事の後押しを受け、全国約1万6000店のファミリーマートに設置されているATMを、自社のATMに置き換えることで基本合意したのです。

これにより、セブン銀行のATM設置台数は単純計算で4万4000台規模に達し、ゆうちょ銀行を抜いて国内最大のネットワークとなります。これは単なる台数の問題ではありません。ライバルチェーンの優良な立地を一挙に獲得し、ATMインフラにおける圧倒的な覇権を握ることを意味します。

セブン銀行の野心は、ネットワーク拡大に留まりません。「ATM+(プラス)」戦略を掲げ、ATMを単なる現金機から多様な金融サービスの拠点へと進化させようとしています。住所変更サービスやQRコード決済への現金チャージ機能はその一例です。将来的には、本人確認機能を活用し、様々な行政手続きをも担う「無人の窓口」となる構想を描いています。

不可逆な3つのメガトレンド

地銀が「脱自前」へと突き動かされる背景には、抗いがたい3つの巨大なトレンドがあります。

第一に、年間約2兆円とも試算されるATM網の維持コストです。ATM一台あたりの維持費は月30万円に達することもあり、体力に乏しい地銀にとっては持続不可能な重荷となっています。

第二に、政府主導で進むキャッシュレス化の波です。政府は「2025年6月までにキャッシュレス決済比率を4割程度にする」という目標を掲げましたが、これは前倒しで達成され、2024年には42.8%に到達しました。政府は将来的に世界最高水準の80%を目指しており、現金の利用機会は減る一方です。結果、金融機関が設置するATMの総数はすでに9万台を割り込み、ピーク時から24%も減少しています。

第三に、ATMメーカーの再編、いわゆる「富士通ショック」です。2028年3月末をもって、国内シェア約2割を占めていた富士通がATMのハードウェア事業から撤退すると発表しました。西京銀行のように富士通製を主力としていた銀行にとって、これは戦略見直しを迫られる待ったなしの事態でした。

最後の壁と新たな商機

この大きな変革には、乗り越えるべき課題も残されています。その最大のものが「通帳記帳」です。セブン銀行をはじめとするコンビニATMは、紙の通帳への取引履歴の印字に対応していません。特に高齢者層にとって、通帳は依然として重要なツールです。この課題に対し、西京銀行は店舗内に記帳専用機を新たに設置する計画であり、多くの銀行はスマートフォンで明細を確認できる「Web通帳」への移行を促しています。この「通帳問題」は、日本の銀行がデジタル化を完了させるための最後の関門と言えるでしょう。

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