マツキヨココ、好決算の裏で、なぜ株価は急落したのか

2025年8月13日に発表されたマツキヨココカラ&カンパニー(以下、マツキヨココ)の第1四半期決算は、営業利益が前年同期比14.6%増という力強い数字でした。市場予想をも上回るこの結果は、通常であれば株価を押し上げる好材料となるはずです。しかし、翌14日の株式市場は真逆の反応を示しました。株価は一時8%超の急落を演じ、終値でも前日比7.24%安の3,141円と大幅に値を下げたのです。

好決算と株価急落。この一見矛盾した現象は、一体何を物語っているのでしょうか。市場はなぜ、この好調な業績に「ノー」を突きつけたのか。その謎を解く鍵は、決算数値の裏に隠された「質」への問いかけと、ドラッグストア業界全体を揺るがす地殻変動にあります。本稿では、短期的な市場の反応を分析しつつ、その背景にあるマツキヨココの長期的な成長戦略と、直面する課題を多角的に読み解いていきます。

決算数値の「光と影」

今回発表された2026年3月期第1四半期(2025年4月~6月)の連結決算は、売上高が前年同期比$5.3%増の2,736億円、営業利益は同14.6%$増の198億円と、増収増益を達成しました。営業利益は市場コンセンサス(約190億円強)を上回る水準であり、都市部の人流回復やインバウンド需要を的確に捉えた結果と言えます。

しかし、市場の目はより厳しく、その細部に注がれていました。投資家が懸念したのは、売上総利益率(粗利益率)が前年同期比で「ほぼ横ばい」だった点と考えられます。これは、売上は伸びているものの、収益性の改善が伴っていないことを示唆します。コスト増の可能性や、利益率の低い商品の販売比率が高まっている可能性が考えられ、成長の「質」に疑問符が付きました。

さらに、営業利益が二桁増益となった一方で、親会社株主に帰属する四半期純利益は116億7,300万円と、前年同期比で2.7%の微減でした。この営業利益と最終利益の乖離も、決算内容を手放しで評価しにくい一因となったのです。

表1:2026年3月期 第1四半期 連結経営成績

項目2026年3月期 第1四半期 (当期)2025年3月期 第1四半期 (前期)前年同期比
売上高273,641 百万円259,749 百万円+5.3%
営業利益19,849 百万円17,279 百万円+14.6%
親会社株主に帰属する四半期純利益11,673 百万円11,997 百万円−2.7%
売上高総利益率ほぼ横ばい

高すぎた期待感が生んだ反動

株価急落のもう一つの背景には、決算発表前の過熱した期待感があります。マツキヨココの株価は上昇を続け、発表当日の8月13日には年初来高値となる3,393円を記録していました。市場はすでに「素晴らしい決算」を織り込み済みだったのです。

そこに提示されたのが、「予想を少し上回るが、粗利率は横ばい」という内容でした。株価をさらに押し上げるほどの強烈なサプライズがなかったこと、そして収益性の伸び悩みという懸念が示されたことで、投資家の間では「材料出尽くし感」が広がり、利益確定の売りが殺到しました。これは、単なるパニック売りではなく、高値圏にあった株価の合理的な調整と見るべきでしょう。8月14日の取引終了後、夜間取引(PTS)では株価が若干値を戻していることからも、市場が冷静さを取り戻しつつある様子がうかがえます。

揺るがぬ成長戦略

短期的な株価の波乱とは対照的に、マツキヨココの事業の根幹を支える成長戦略は揺らいでいません。プライベートブランド(PB)とインバウンド戦略は、同社の企業価値を中長期的に高める二大エンジンです。

「脱ドラッグストア」を掲げるPB戦略の真価

粗利益率の伸び悩みという課題への答えこそ、同社が注力するPB戦略にあります。「脱ドラッグストア」をテーマに、単なる安価な代替品ではない、高品質・高付加価値な製品開発を推進しています。本格オーガニックコスメ「ARGELAN(アルジェラン)」などの成功例は、新たな顧客層を開拓し、PB商品の売上構成比を約13%にまで高めています。

この成功を支えるのが、1.5億を超える顧客接点から得られる膨大な購買データの活用です。データに基づき顧客インサイトを的確に捉えることで、ナショナルブランドとは競合しない新たな価値を創造し、店舗全体の収益性を高める好循環を生み出しているのです。これは、同社が単なる小売業から「製造小売業(SPA)」へと進化し、価格競争の激しい業界で確固たる差別化を築こうとする強い意志の表れです。

インバウンド回復の追い風を掴む

もう一つの成長ドライバーは、インバウンド需要です。訪日外客数はコロナ禍前の水準を大きく上回る勢いで回復しており、2025年5月には単月で過去最高の約369万人を記録しました。

都市部の繁華街に多くの店舗を構え、早くから銀聯カード決済や無料Wi-Fiを導入するなどインバウンド対応に注力してきたマツキヨココは、この恩恵を最大限に享受できるポジションにいます。2024年3月期のインバウンド売上構成比は約4%強と、コロナ禍前の12%にはまだ及びませんが、今後の回復ポテンシャルは極めて大きく、利益率の高い化粧品販売を牽引し、同社の収益を力強く押し上げることが期待されます。

新中期経営計画が示す野心

企業の真価は、長期的なビジョンにこそ表れます。2025年5月に発表された新中期経営計画(2026-2031)は、マツキヨココが描く未来像と、その実現に向けた野心的なロードマップを示しています。

自信の表れである意欲的な経営目標

計画最終年度の2031年3月期までに、M&Aを含まない自律的成長(オーガニック成長)で売上高1兆3,000億円、EBITDAマージン13%以上、ROE(自己資本利益率)12%以上、そして連結配当性向50%という極めて高い目標を掲げました。

特筆すべきは、M&Aに頼らないオーガニック成長で1兆3,000億円を目指すとした点です。これは、コア事業の成長力に対する経営陣の強い自信の表れに他なりません。また、ROE目標を10%から12%へ、配当性向を30%から50%へと大幅に引き上げたことは、資本効率と株主還元をこれまで以上に重視する経営姿勢を明確に示しています。

表2:新中期経営計画の主要目標

項目新目標 (2031年3月期まで)
売上高1兆3,000億円 (オーガニック) + α 
EBITDAマージン13%以上 
ROE12%以上 
配当性向50% 
DOE (純資産配当率)6% 

「アジアNo.1」への3つの重点戦略

この高い目標を達成するため、「価値を共創し分かち合う」という理念のもと、3つの重点戦略が打ち出されました。

  1. 差別化戦略(プラットフォームビジネスの強化):店舗宅配やEC、調剤デジタルサービスなどを連携させ、リアルとデジタルを融合した独自の顧客体験を創出。顧客生涯価値(LTV)の最大化を図ります。
  2. 投資戦略(ビジネスインフラへの投資):出店・改装に約1,000億円、IT投資に約600億円を計画。国内では大都市圏、海外ではASEAN地域への展開を加速させ、2027年3月期までのマレーシア進出を皮切りに「アジアNo.1」を目指します。
  3. 社会貢献・還元(持続可能な経営):ESGへの取り組みを強化するとともに、配当性向50%や累進配当を基本とする方針を掲げ、株主への還元を最重要項目の一つと位置付けています。

巨大連合の誕生とマツキヨココの針路

マツキヨココの戦略を語る上で、業界の地殻変動は避けて通れません。業界1位のウエルシアと2位のツルハの経営統合が実現すれば、売上高2兆3,000億円超、市場シェア25%を誇る圧倒的なガリバーが誕生します。これはマツキヨココの2倍以上の規模であり、仕入れ交渉や物流効率化において絶大な力を発揮する可能性があります。

この巨大な脅威は、しかし、逆説的にマツキヨココの進む道の正しさを証明しています。規模の経済で正面から戦うことが困難になる以上、生き残る道は「質」と「独自性」で勝負すること以外にありません。利益率の高い「美と健康」分野に特化し、データに基づいた魅力的なPB商品を開発し、デジタルで顧客との深い関係を築く。この差別化戦略こそが、巨大連合に対抗する唯一にして最強の武器となるのです。外部環境の激変は、マツキヨココに対して、その戦略を一層研ぎ澄ませ、実行を加速させることを強く求めています。

長期の「実行力」が問われる局面へ

結局のところ、マツキヨココ株を巡る今回の急落劇は、企業のファンダメンタルズの悪化ではなく、過熱した市場期待に対する健全な調整であったと見るのが妥当でしょう。短期的な株価の変動に惑わされるべきではありません。

むしろ注目すべきは、その先にある長期的な展望です。明確なビジョンと、それを支えるPB戦略や新中期経営計画という具体的な戦略を持つマツキヨココは、厳しい競争環境を勝ち抜くポテンシャルを十分に秘めています。

今後の焦点は、この優れた戦略をいかに迅速かつ確実に「実行」できるかの一点に尽きます。ウエルシア・ツルハという巨大な競争相手を前に、PB開発、デジタル変革、アジア展開でいかに他社を凌駕するスピードと成果を示せるか。投資家の厳しい視線は、今まさに、その「戦略実行力」にこそ注がれているのです。

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