利益26%増、吉野家が絶好調
牛丼チェーン大手の吉野家ホールディングスが、驚異的なV字回復を遂げています。2025年10月9日、同社は2026年2月期の連結純利益予想を大幅に上方修正しました。従来予想の42億円から48億円へと引き上げ、前期比で実に26%もの増益となる見込みです。
売上高の予想は2250億円で据え置かれたままです。これは、売上が予想以上に伸びたわけではなく、徹底したコスト管理によって利益率が劇的に改善したことを意味します。歴史的な原材料高という逆風の中、吉野家はいかにしてこの快挙を成し遂げたのでしょうか。その勝利の方程式は、「変動費の抑制」と「巧みな顧客維持」という2つのエンジンにありました。

勝利の鍵①:徹底した「変動費」の抑制
今回の利益増の最大の要因は、変動費の抑制に成功したことです。変動費とは、原材料費や人件費など、売上の増減に応じて変動するコストのことです。吉野家はここにメスを入れ、利益を生み出す強固な体質を作り上げました。
具体策1:DX推進による店舗オペレーションの効率化
吉野家はデジタルトランスフォーメーション(DX)を積極的に活用しています。例えば、セルフオーダー用のタブレット端末やキャッシュレス決済の導入です。これにより、従業員は注文や会計業務から解放され、調理や接客といったより重要な業務に集中できます。ある調査では、QRコード決済の導入で会計時間が平均30%短縮されたというデータもあります。結果として、少ない人数でも店舗をスムーズに運営でき、人件費の抑制に直結しているのです。
具体策2:食品ロス削減への執念
もう一つの柱が、食品ロスへの徹底した取り組みです。AIを活用した需要予測システムを導入し、過去の販売実績や地域のイベント情報などから、1時間単位で必要な食材の量を正確に予測します。これにより、食材の作りすぎによる廃棄を大幅に削減しました。
さらに、これまで廃棄していた食材を価値ある製品に変える「アップサイクル」にも挑戦しています。例えば、牛丼に欠かせない玉ねぎを加工する際に出る芯などの端材。これをスタートアップ企業と連携し、乾燥パウダーに加工して新たな食品原料として活用する取り組みを進めています。この施策だけで、年間約180トンの食品ロス削減を目指しています。これは単なる環境活動ではなく、廃棄コストを削減し、新たな価値を生み出す、まさに一石二鳥の利益改善策です。

勝利の鍵②:巧みなキャンペーンで客足を維持
コスト削減だけでは、顧客が離れてしまっては意味がありません。吉野家は、顧客の心をつかむ巧みな戦略で、客数を堅調に維持しました。
値上げが相次ぐ中、吉野家は単純な値下げ競争を避けました。その代わりに行ったのが、「肉だく祭」のような価値提案型のキャンペーンです。これは、牛丼の価格はそのままに、「肉だく(牛小鉢)」といった人気の追加トッピングを100円引きで提供するものです。顧客はお得感を感じて来店し、結果的に客単価の向上にもつながります。牛丼本体の価値を下げずに、満足度を高める非常に巧みな戦略です。
さらに、「地縛少年花子くん」や「ハローキティ」といった人気キャラクターとのコラボレーションも積極的に展開。限定グッズがもらえるキャンペーンは、従来のファン層だけでなく、若者やファミリー層の来店動機を生み出しました。これにより、新たな顧客層の開拓にも成功しています。

逆風の中での快挙:原材料高騰との戦い
吉野家の今回の業績が特に注目されるのは、それが未曾有の逆風の中で達成されたからです。
牛丼の命であるコメの価格は、天候不順などを背景に歴史的な高騰を見せました。農林水産省の発表によれば、令和6年産米の取引価格は前年同月比で57%も上昇する月もありました。もう一つの主役である牛肉も、輸入価格が高止まりするなど、厳しい状況が続いています 15。
通常であれば利益を大きく圧迫するこの状況下で、逆に利益を26%も伸ばしたことは、吉野家のコスト管理能力と経営戦略がいかに優れているかを証明しています。

明暗分かれる牛丼戦争
この厳しい市場環境は、競合他社との間に明確な差を生み出しました。
業界最大手の「すき家」は、食材価格の上昇などが響き、26年3月期第1四半期決算で主力事業が赤字に転落しました。既存店の客数が前年同期比92.7%と、客離れに苦しんでいる様子がうかがえます。
一方で、「松屋」は好調です。松屋フーズホールディングスも通期の経常利益予想を50%上方修正するなど、力強い業績を示しています。
この結果は、現在の外食産業において、DXや食品ロス削減といった地道な業務効率化とコスト管理こそが、企業の明暗を分ける決定的な要因であることを示唆しています。

結論:吉野家が示す「新時代の戦い方」
吉野家の目覚ましい復活劇は、単なる幸運ではありません。それは、テクノロジーを駆使して無駄を徹底的に排除し、そこで生み出した利益と余力を、顧客満足度を高めるための賢い投資に振り向けるという、計算され尽くした戦略の賜物です。
インフレと人手不足が常態化する「新時代」において、いかにして利益を確保し、成長を続けるか。吉野家の取り組みは、多くのビジネスパーソンにとって、その答えを示す貴重なケーススタディとなるでしょう。株主への還元として年間配当を20円から22円へ増額修正したことも、その自信の表れと言えます。
