丸井グループが発表した、外国人専用の「GTNエポスゴールドカード」。これは単なる新商品ではありません。フィンテック企業へと変貌する丸井グループと、在留外国人コミュニティに根差すグローバルトラストネットワークス(GTN)による、日本の金融における重大な戦略転換です。
この動きの背景には、無視できない市場規模があります。出入国在留管理庁の最新統計によれば、日本に住む外国人の数は過去最高の377万人に達しました。これはもはやニッチではなく、一つの巨大な経済圏です。本レポートでは、この新カード発行の裏にある戦略を、データと分析を通じて解剖していきます。

巨大市場と「信用の壁」
まず、この市場の規模と質を正確に把握します。出入国在留管理庁のデータは、この市場がダイナミックに成長していることを示しています。
- 市場規模: 令和6年末時点の在留外国人数は376万8,977人。前年比10.5%、約36万人増加しています。
- 国籍構成: 中国(約87万人)、ベトナム(約63万人)が上位ですが、ネパールやインドネシアからの流入が急増し、多様化が進んでいます。
- 経済的ポテンシャル: 「技術・人文知識・国際業務」で働く専門職が約42万人、「留学」が約40万人存在します。これらは未来の日本経済を支える高所得者層・消費層の予備軍です。
- 地理的集中: 在留外国人の約20%にあたる約74万人が東京都に集中しており、大阪府、愛知県と続きます。
しかし、この巨大市場はこれまで、日本の金融サービスから事実上、取り残されてきました。在留外国人がクレジットカードを申し込む際には、複数の構造的な壁が立ちはだかります。
ここで重要になるのが「信用情報(しんようじょうほう)」という用語です。これは、個人のローンやクレジットの利用履歴を記録したもので、カード会社が返済能力を判断(与信)する際の最も重要な基盤となります。
- 信用情報の欠如: 日本に来たばかりの外国人は、国内の信用情報が全く存在しません。従来の審査モデルでは「信用度が不明な人物」と見なされます。
- 在留期間のハードル: 在留期間が短いと「支払い完了前に帰国してしまうリスク」を懸念されます。滞在期間が1年未満の場合、審査通過は極めて困難です。
- 言語と手続きの障壁: 申込書類や規約の多くは日本語のみで提供され、意図しない記入ミスが審査落ちの原因となり得ます。
- 画一的なリスク評価: 外国人というだけで一律に高リスクと判断し、最初から審査の対象外とする金融機関さえあります。
これらの課題は、個人の返済能力の問題ではなく、日本の金融機関が持つ与信モデルの硬直性に起因します。このシステム上の欠陥こそが、丸井グループとGTNが狙うビジネスチャンスの核心です。

課題を解くカードの設計
「GTNエポスゴールドカード」の各機能は、前述した課題を解決し、ターゲット顧客に響くよう、戦略的に設計されています。
- インビテーション方式(招待制): これは巧みなリスク管理手法です。既存の「GTNエポスカード」利用者のうち、良好な支払い実績を持つ優良顧客にターゲットを絞り、貸し倒れリスクを最小限に抑えます。同時に、選ばれた顧客に「特別感」を提供し、ロイヤルティを高めます。
- 年会費永年無料: ゴールドカードというステータスを提供しながら、維持コストの心理的ハードルを取り払います。これは長期的なカード利用を促進する強力なインセンティブです。
- ゴールドならではの特典:
- ポイント有効期限の無期限化: 日本に生活基盤を築こうとする長期居住者にとって価値の高い特典です。時間をかけてポイントを貯められるため、エポス経済圏への定着を促します。
- 空港ラウンジ無料利用: ビジネスでの出張や母国への一時帰国が多い専門職や高所得者層に直接訴求する、実用的なプレミアム特典です。
- 年間ボーナスポイント: 年間の利用額に応じて最大10,000ポイントが付与されるため、あらゆる支払いをこの一枚に集約する動機付けとなります。

フィンテックと信頼の融合
この商品は、丸井グループとGTNという、異なる強みを持つ二社の共生関係によって可能になりました。
今日の丸井グループにおいて、フィンテック事業は収益の中核を担う成長エンジンです。2025年3月期のフィンテック事業の営業利益は441億円に達し、グループ全体を牽引しています。その根底にあるのが、「信用の共創(しんようのきょうそう)」という独自の与信哲学です。これは、過去のデータだけで顧客を判断するのではなく、顧客との関係性を通じて未来の信用を共に創り上げる考え方です。この哲学こそが、「GTNエポスカード」のような商品の土台となっています。丸井グループが掲げる「2031年までに若者・外国人等の金融サービス利用者数1,000万人」という目標は、この哲学を社会実装する強い意志の表れです。
一方のGTNは、在留外国人向けの総合生活支援プラットフォームを運営しています。家賃保証、不動産仲介、格安SIM、就職支援など、生活に不可欠なサービス提供を通じて、極めて価値の高い独自のデータを蓄積しています。「毎月、家賃を期日通りに支払っているか」「携帯電話料金の滞納はないか」。これらは、個人の信頼性を測る上で、従来の信用情報に勝るとも劣らない「オルタナティブデータ(代替データ)」です。
GTNは事実上の「専門信用情報機関」として機能しており、丸井グループとの提携は、このユニークなデータ資産を収益化する仕組みと言えます。GTNが持つデータと顧客基盤、丸井グループが持つ与信ノウハウと金融プラットフォーム。この二つが組み合わさることで、これまで誰も踏み込めなかった市場への扉が開かれたのです。

競争ルールを変える一手
「GTNエポスゴールドカード」の登場は、外国人向け金融サービス市場の競争ルールを根底から変える可能性を秘めています。これまでも、楽天カードなど一部のカードは外国人も比較的取得しやすいとされてきました。しかし、競争軸はポイント還元率など従来の指標に留まっていました。
丸井とGTNが示した新しい競争軸は、「アクセス(門戸)とサポート」です。他社では審査に通らない顧客に「YES」を出し、入会後も母国語で手厚くサポートする。この一貫したエコシステムこそが、他社が容易に模倣できない、彼らのビジネスの「堀」となります。
この事例は、現代のビジネスパーソンに多くの教訓を与えます。
- ニッチ市場の力: 巨大な市場は、しばしば見過ごされた場所に隠されています。
- データが与信を再定義する: オルタナティブデータを活用し、より正確にリスクを評価する能力が勝敗を分けます。
- パートナーシップという成長エンジン: 独自の強みを持つ企業同士の連携は、イノベーションを加速させる必須条件です。
