2025年10月7日、スーパー大手のライフコーポレーションは増益という好決算を発表しました。しかし、株式市場の反応は正反対でした。この日、同社の株価は一時、前日比5.54%安の2,351円まで急落したのです。一体なぜ、良いニュースが売り材料に変わってしまったのでしょうか。
ライフが発表した2026年2月期の中間決算(2025年3月〜8月期)は、数字だけ見れば堅調でした。営業収益は前年同期比4.3%増の4,401億円、本業の儲けを示す営業利益は同8.8%増の133億円と、増収増益を達成しています。
問題は、その中身にありました。投資家が注目したのは、利益成長の「勢い」です。決算内容を四半期ごとに分解すると、その失速ぶりが明らかになります。
- 第1四半期(3月〜5月期): 営業利益は77億円。前年同期比で12%増という力強いスタートでした。
- 第2四半期(6月〜8月期): 営業利益は55億円。伸び率はわずか5%増に急減速しました。
第1四半期の12%増から、第2四半期には5%増へ。この急激な成長鈍化こそが、市場に「ライフの未来は、これまで考えていたほど明るくないかもしれない」という疑念を抱かせたのです。新規出店に伴う費用や人件費の増加が重荷となり、収益性が圧迫されていることも指摘されました。市場は、表面的な増益という結果よりも、その裏に隠された成長の失速という「変化」を厳しく評価したのです。

スーパー戦国時代、3つの挑戦者
ライフが直面する成長の壁は、単なるコスト問題ではありません。日本のスーパーマーケット業界は今、価格、体験、技術を武器にした新しい挑戦者たちが勢力を拡大する「戦国時代」に突入しています。
1. 価格の絶対王者:オーケーストア
「高品質・Everyday Low Price(EDLP)」を掲げ、特売日を設けずに毎日低価格を保証する戦略で顧客の絶大な信頼を得ています。その象徴が「競合店対抗値下げ」です。他店より1円でも高い商品があれば、即座に値下げすることを約束し、37期連続増収という驚異的な実績を上げています。価格を最優先する消費者は、オーケーの引力に逆らえません。
2. 体験価値の革命児:ロピア
自らを「食のテーマパーク」と称し、買い物自体をエンターテイメントに変えることで急成長しています。最大の武器は「チーフ経営」と呼ばれる現場主導の仕組みです。各売り場の責任者が仕入れから価格設定まで全権を握り、ダイナミックで専門性の高い売り場を創出。さらに「現金決済のみ」「飲料の常温販売」といった大胆なコスト削減策で低価格を実現しています。
3. テクノロジーの覇者:トライアル
「リテールDX(デジタルトランスフォーメーション)」を掲げ、テクノロジーで究極の効率化を追求します。その核となるのが、レジ機能付きの「スマートショッピングカート(SSC)」です。顧客はレジに並ぶ必要がなくなり、企業側はレジ人員という莫大なコストを削減できます。この技術投資によって生み出したコスト優位性を、そのまま商品の安さに還元する強力なビジネスモデルを構築しています。

インフレと「品質重視」戦略の罠
ライフの苦境をさらに深刻にしているのが、止まらない物価上昇、すなわちインフレです。2025年8月の消費者物価指数は前年同月比で2.7%上昇。特に生活に直結する食料品価格は、一時期8%を超える高い上昇率を記録しました。
家計が圧迫される中、消費者の目は当然「価格」へと向かいます。しかし、ライフはこれまで「品質」を軸とした差別化戦略に力を注いできました。素材や製法にこだわったプライベートブランド(PB)である「ライフプレミアム」や、オーガニック・健康志向の「BIO-RAL(ビオラル)」がその代表です。特にビオラル事業は、2030年度に売上高400億円、50店舗体制を目指す成長の柱と位置づけられています。
この「品質重視」戦略自体は間違っていません。しかし、インフレ下の市場では、消費者の求める価値との間にズレが生じ始めています。あるアナリストは「安売りを武器にする食品スーパーの存在感が高まり、安さよりも商品の質を重視する戦略が目立つライフコーポの集客は厳しくなりつつある」と指摘します。
つまり、市場は価格を求める「価格リーダー(オーケー、トライアル)」と、楽しさを求める「体験価値リーダー(ロピア)」に二極化しつつあります。その中で、「良質な商品を適正価格で」というライフの立ち位置は、両極からの圧力によって揺らいでいるのです。

市場が問う、ライフの次の一手
興味深いことに、10月7日の株価下落にもかかわらず、その時点でのアナリスト全体の評価は「買い」を維持し、平均目標株価は2,633円と、当時の株価からの上昇を予測していました。これは、短期的な市場の動揺と、ライフが持つブランド価値への長期的な評価がせめぎ合っている証拠です。
今後、投資家が注目すべきは、ライフがこの構造変化にどう対応するかです。次の四半期決算で利益成長は再加速するのか。コスト上昇圧力の中で利益率を維持できるのか。そして、成長の柱である「BIO-RAL」などのPB事業は、計画通りに成長できるのか。
10月7日の株価下落は、単なる一企業の出来事ではありません。それは、インフレと新興勢力の台頭という大きな変化の波の中で、日本の小売業全体が「価格」「品質」「体験」という価値をどう再定義していくのかを問う、象徴的な号砲だったのです。ライフコーポレーションの次の一手は、その答えを占う試金石となるでしょう。
