世界最大の小売業者ウォルマートが、2025年から2026年にかけて二つの大きな戦略を同時進行させている。一つは、物理店舗の改装を抜本的に見直す「ラピッド・リモデル」。もう一つは、AIショッピングアシスタント「スパーキー」を核としたエージェンティック・コマースへの移行だ。
一見すると別々の取り組みに見える。しかしその根底には、一貫したテーゼがある——「顧客体験における摩擦を、物理とデジタルの両方で取り除く」というものだ。
①「工事中の不便」そのものをなくす——ラピッド・リモデルの発想
ウォルマートは2026年3月13日、ネイバーフッド・マーケット業態を対象とした新たな改装手法「ラピッド・リモデル」のパイロットプログラムを発表した。4月より、フロリダ、オクラホマ、テキサス、ジョージア、サウスカロライナ、ルイジアナの6州において試験運用が始まる。
従来のリモデルが抱える最大の欠点は、工期の長さとそれに伴う顧客ストレスだった。数ヶ月にわたる段階的工事の中で、買い物客は封鎖エリアを迂回し、移動させられた商品を探し回ることを強いられてきた。
ウォルマートはその構造に疑問を呈した。「工事中の店内でショッピングしたり、移動された商品を探したりすることは、顧客にとって大きなストレスだ。4週間の一時閉店により、そうした摩擦を可能な限り取り除き、より良い店舗体験をより速く届けたい」——これがラピッド・リモデルの出発点だ。
具体的には、メインの売場を約4週間完全に閉鎖し、一気に改装を完了させる。薬局と燃料スタンドは閉鎖期間中も引き続き営業を続ける。スーパーセンターでは年間を通じて650店以上のリモデルを実施してきた実績があるが、ネイバーフッド・マーケットへの本格適用はこれが初の試みとなる。
閉鎖による顧客離れを最小化するための設計も周到だ。対象店舗は近隣に別のウォルマート店舗が存在するロケーションが選ばれており、顧客はアプリやウェブサイト経由で近隣店舗のピックアップ・デリバリー注文に誘導される。
完成した店舗の姿も具体的だ。明るく開放感のある空間に、デジタル棚ラベルによるリアルタイムの価格表示、待ち時間を削減するチェックアウトエリアの刷新、増加するオンライン注文に対応したピックアップ・デリバリーエリアの拡充、そして広くなった通路と改善されたレイアウトが施される。
注目すべきは、改装プロセスにおける従業員の位置づけだ。ウォルマートは、既存の店舗スタッフが改装チームと並走し、什器のセットアップや商品陳列を担う方式を採用している。従業員こそが店舗と顧客のことを最も知るエキスパートであり、その知見をリモデルに直接反映させることで、開店後の店舗クオリティを高める狙いがある。
「このテストは新しい棚と照明を手に入れること以上の意味を持つ。顧客の声に耳を傾け、時間とお金を節約する方法を探し続け、地域社会とともに進化し続けることだ」とウォルマートは語る。

②検索バーの時代を終わらせる——AIエージェント「スパーキー」の野心
物理店舗での体験改革と並行して、ウォルマートはデジタルの顧客接点においても抜本的な変革を進めている。
2025年6月、ウォルマートはAIショッピングアシスタント「スパーキー(Sparky)」を正式にローンチした。その設計思想はシンプルで強烈だ——キーワード検索を、真のサービス体験で置き換えること。商品リストを眺めながら選ぶのではなく、「バーベキューをしたい」「平日の夕食を考えたい」と目標を告げれば、スパーキーが計画し、推論し、完全な解決策を届ける。
スパーキーは商品検索やレビューの要約といった機能にとどまらず、日用品の自動再注文、サービス予約にも対応し、テキスト・画像・音声・動画を理解するマルチモーダルなエージェントへと進化する計画だ。「今夜の夕食は?」という問いかけが、家族全員が喜ぶ1週間のミールプランと、カートへの自動追加に変わる——ウォルマートが描く未来はそこにある。
当時のCEOダグ・マクミロンはこう語った。「長年にわたり、eコマースのショッピング体験は検索バーと長い商品リストで構成されてきた。それが変わろうとしている。マルチメディアで、パーソナライズされ、文脈を理解するネイティブAI体験が到来しつつある。」
ウォルマートのCTO・スレシュ・クマーは「ウォルマートはエージェントにすべてを賭けている。エージェントは私たちがやることのあらゆる側面において、生活をシンプルにできる」と断言する。
外部プラットフォームへの展開も積極的だ。ウォルマートはスパーキーをChatGPTやGeminiに直接統合する計画を進めており、AI加速担当EVPのダニエル・ダンカーは「スパーキーの体験が、私たちが統合するすべてのプラットフォームに直接届けられるようになる」と述べている。
ただし、現実のユーザーとのギャップも直視されている。ウォルマート自身の調査では、回答者の46%が「AIエージェントにショッピング全体を任せることはない」と答えており、AIへの信頼は低リスクな購入(日用品など)ほど高く、高額品や感情的に重要な商品ほど信頼のハードルが上がると分析されている。だからこそウォルマートは、まず日常の繰り返し購入から自動化を進めるアプローチを取っている。
二つの戦略をつなぐ「同一の哲学」
ラピッド・リモデルとスパーキーは、それぞれ異なるレイヤーの施策だ。一方は「工事中の不便」という摩擦を消し、より快適な店舗環境を素早く届ける。もう一方は「検索と選択」という認知的摩擦を消し、意図から購買完了までを一気通貫で支援する。
しかし目指す場所は同じだ。顧客が時間とエネルギーを無駄にせず、必要なものを最短で手に入れられる世界——それがウォルマートの言う「摩擦ゼロの買い物体験」である。物理とデジタルの両軸でその哲学を同時に実行できる小売業者は、世界でもほとんど存在しない。時価総額がおよそ1兆ドルを初めて超えた今もなお、ウォルマートはイノベーションの手を緩めていない。その姿勢こそが、競合他社との最大の差異化要因かもしれない。




