ゼンショーHD決算にみる「インフレ下の明暗」

5月12日、外食最大手ゼンショーホールディングスが発表した最新の決算は、日本の外食産業が直面する「インフレの不条理」と、それを乗り越えるための事業ポートフォリオ戦略の重要性を見事に浮き彫りにした。

表向きは過去最高の売上高を更新し、巨大フードコングロマリットとしての力強さを見せつけている。しかしその内訳に、かつて同社の成長を単独で牽引してきた「牛丼(すき家)」カテゴリーがコスト増にあえいで減益となる一方、「回転寿司(はま寿司)」をはじめとするグローバルファストフード業態が収益の柱として猛烈に台頭するという、鮮やかなコントラストが浮かび上がる。

同じ企業グループ、同じサプライチェーン基盤(MMD:マス・マーチャンダイジング・ディビジョン)を持ちながら、なぜここまでセグメント間で収益構造の乖離が生まれたのか。本稿では、その深層を読み解いていく。

Bgt?aid=260510506334&wid=001&eno=01&mid=s00000027476001004000&mc=1 0

■ セグメント別業績の乖離(利益の明暗を分けた要因)

まず、今回の決算における主要セグメントの動向を可視化した以下の図表を見てほしい。

【図表1】ゼンショーHD 主要セグメント別 業績変動イメージ(前年同期比)

セグメント(主要ブランド)売上高営業利益利益増減の主な要因
牛丼カテゴリー(すき家、なか卯など)+5.2%▲12.5%食材費(牛肉・米)の高騰、人件費増、価格転嫁の遅れ
ファストフードカテゴリー(はま寿司など)+18.4%+25.3%柔軟な原価統制、客単価上昇、海外店舗の利益貢献
レストランカテゴリー(ココス、ジョリーパスタ)+8.1%+4.0%メニュー改定による単価増、DX化による人件費抑制

(※決算発表データをもとに小売探偵編集部作成。数値はトレンドを示すための概算値)

この表が示す通り、すき家を中心とする牛丼カテゴリーは「増収減益」、はま寿司を中心とするファストフードカテゴリーは「大幅な増収増益」となっている。この「利益のベクトル」が逆を向いている点こそが、今回の決算最大の焦点である。

Bgt?aid=260510506338&wid=001&eno=01&mid=s00000027494001005000&mc=1 0

■ すき家の苦戦:単一食材依存と「日常食」の呪縛

なぜ、すき家は減益に沈んだのか。答えはシンプルかつ残酷だ。「コストプッシュ型インフレに対する価格転嫁の限界」である。

牛丼チェーンの原価構造は極めて硬直的だ。米国産をはじめとする牛肉価格の高騰、記録的な円安による輸入調達コストの膨張、国産米の価格上昇——。さらには深夜・早朝シフトを維持するためのアルバイト時給の底上げと物流費の高騰も加わり、これらすべてのマイナス要因が「牛丼」という一杯の丼にのしかかっている。

すき家も決して手をこまぬいていたわけではない。深夜割増料金の引き上げや、ベースとなる牛丼の価格改定(値上げ)に踏み切ってきた。しかし、牛丼は日本の消費者にとって「ワンコイン前後で手軽に腹を満たせる」という、極めて強固な「価格アンカー(基準価格)」が存在する日常食である。消費者の価格感応度は極めて高く、10円・20円の値上げが直接的に客数減(買い控え)に直結する。

客離れを恐れるがゆえに、インフレ率を完全にカバーするほどのドラスティックな値上げに踏み切れず、結果として膨張する原価と販管費を吸収しきれない。薄利多売モデルの構造的限界の中で、利益を大きく損なう結果となった形だ。

Bgt?aid=260510506333&wid=001&eno=01&mid=s00000027444001003000&mc=1 0

■ はま寿司の躍進:柔軟な「ポートフォリオ」と体験価値

対照的に、目覚ましい躍進を遂げているのが「はま寿司」に代表される回転寿司業態およびグローバル事業である。はま寿司がインフレ下でも利益を伸ばせた理由は大きく3つある。

1. 変幻自在の原価コントロール(食材の多様性)

牛丼が「牛肉」という単一主力食材の相場に完全に左右されているのに対し、寿司は提供するネタの種類が圧倒的に豊富だ。サーモンやマグロの仕入れ価格が急騰した場合でも、旬の魚や原価率の低い肉寿司・アレンジメニューをプロモーションの前面に押し出すことで、店舗全体の原価率(メニューミックス)をコントロールできる。

2. 「レジャー食」としての強みと客単価の引き上げ

すき家が「1人で素早く空腹を満たす」目的型消費であるのに対し、はま寿司は「家族や友人と週末に楽しむ」体験型・レジャー消費の側面が強い。そのため、サイドメニュー(ラーメンや揚げ物)、デザート、アルコールなどの追加注文を誘発しやすく、客単価を引き上げやすい。消費者は「せっかくの外食だから」と、インフレ下でも財布の紐を緩める傾向があるのだ。

3. グローバル展開による「利益のアービトラージ(裁定取引)」

さらに見逃せないのが海外事業の急成長だ。はま寿司をはじめとするゼンショーの海外店舗は、中国・台湾などのアジア圏を中心に拡大を続けている。海外市場では日本国内ほどの「デフレマインド」の呪縛がなく、現地の所得水準や日本食へのプレミアム感に応じた適正な価格設定が可能だ。円安の恩恵も相まって、海外で稼いだ外貨が日本の本社決算において巨大な利益エンジンとして機能している。

Bgt?aid=260510506313&wid=001&eno=01&mid=s00000026879003006000&mc=1 0

■ 小売探偵の視点:一本足打法からの脱却が企業を救う

同じグループのチェーンでありながら生じたこの明暗は、現代の外食・小売業界全体に対する強烈な教訓である。

もしゼンショーが、かつてのように「牛丼一本足打法」の企業であったなら、今回の世界的インフレと円安の波をまともに受け、致命的な業績悪化に陥っていたかもしれない。しかし同社は、すき家という圧倒的なキャッシュカウ(資金源)が生み出した利益を土台に、長年にわたりM&Aや新規ブランド開発を重ね、事業ポートフォリオを多角化してきた。

「日常食」と「レジャー食」。「国内」と「海外」。「肉」と「魚」。この徹底したリスク分散と、食材調達から加工・物流までを一貫して自社で管理する強靭なサプライチェーンがあったからこそ、一部の不調を別の好調で補うことができたのだ。

ゼンショーHDは、もはや単なる「牛丼チェーンの運営会社」ではない。世界中で多様な食のポートフォリオを最適配分しながら利益を最大化する「グローバル・フード・ファンド」のような存在へと変貌を遂げている。

インフレという荒波の中で、企業はいかにして利益の源泉を分散させ、価格決定力を持つ新たな業態を育てていくべきか。すき家の苦戦とはま寿司の躍進という、一見矛盾する決算結果——それは、その問いに対する鮮烈なケーススタディとなっている。

Bgt?aid=260510506340&wid=001&eno=01&mid=s00000027383001004000&mc=1 0
info@retail-spy.com
info@retail-spy.com
記事本文: 91