物価高騰の裏で、いまなにが起きているのか?

スーパーのレジで、またため息をつく。そんな毎日をお過ごしの方も多いのではないでしょうか。その実感は、政府が発表した最新の数字にもはっきりと表れています。

2025年8月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く)は、前の年の同じ月と比べて2.7%上昇しました。これで物価の上昇は48カ月、つまり丸4年も続いています。7月の3.1%という伸び率よりは少し落ち着きましたが、これは決して安心材料ではありません。なぜなら、この上昇率の鈍化は、政府が一時的に再開した電気・ガス代の補助金による影響が大きいからです。

私たちの生活に身近な品目を見ると、実態はより厳しくなります。天候に左右されやすい生鮮食品と、価格変動の大きいエネルギーを除いた「コアコア指数」と呼ばれる指標は、3.3%も上昇しています。これは、日々の暮らしに必要なモノやサービスの根本的な値上がりが、依然として強い勢いで続いていることを示しています。

なぜ、これほど長く物価が上がり続けているのでしょうか。そして、この状況は私たちの暮らしと日本の将来にとって、本当に良いことなのでしょうか。

いまの物価高は「悪い物価高」

現在の物価上昇は、景気が良くて給料も上がるなかで起きる「良い物価高」ではありません。主な原因は、海外からの輸入コストの上昇と、それを増幅させる「円安」にあります。これは、私たちの給料が上がらないのに生活費だけが増えていく「悪い物価高」です。

日本は、石油などのエネルギーのほぼ全て(99.7%)や、食料の6割以上を輸入に頼っています。ウクライナ情勢などで海外の資源価格が上がったことに加え、記録的な円安が追い打ちをかけました。例えば1ドル100円の時に1ドルの商品を輸入するコストは100円ですが、1ドル150円になれば150円を支払わなければなりません。この差が、パンやガソリン、電気代など、あらゆるものの値段に上乗せされているのです。

とくに、年金で暮らす方々にとって、食料品や光熱費の値上がりは家計を直接圧迫します。下の表は、私たちの生活を直撃している値上げの一例です。

費目前年同月比
穀類+19.8%
自動車保険料+24.1%
ペットフード+32.3%
外食+5.4%

出所:総務省統計局 2025年8月 消費者物価指数

日本銀行、円安政策の「光と影」

世界の中央銀行がインフレを抑えるために金利を引き上げるなか、日本銀行だけが金融緩和を続け、意図的に円安を維持してきました。この異例の政策は、日本社会に大きな「光」と「影」をもたらし、経済を二極化させています。

「光」の側面:誰が恩恵を受けているのか

円安は、輸出で稼ぐ大企業やその株主、そして海外からの観光客にとっては大きな追い風となりました。

  • 企業の空前の利益:トヨタ自動車のような輸出企業は、海外で得たドル建ての利益を円に換える際に金額が膨らみ、過去最高の利益を記録しています。
  • 株価の高騰:好調な企業業績を背景に、日経平均株価は4万5000円を超える歴史的な高値を更新し、株を持つ富裕層の資産を増やしました。
  • 観光客の殺到:外国人にとって日本は「激安の国」となり、2024年のインバウンド消費額は過去最高の8兆円を超えました。

「影」の側面:誰が代償を払っているのか

その一方で、国民の大多数はその代償を払わされています。

  • 実質賃金の目減り:企業の賃上げのニュースは聞かれますが、その伸びは物価の上昇に全く追いついていません。物価変動を考慮した「実質賃金」は25カ月以上も連続でマイナスが続き、私たちの給料で買えるモノの量は減り続けています。
  • 中小企業の倒産:輸入原材料に頼る中小企業は、コスト高を価格に転嫁できず、円安が原因で倒産するケースが後を絶ちません。
  • 生活の圧迫:そして何より、年金生活者や一般家庭の暮らしが、この物価高によって厳しさを増しています。
恩恵を受けた人々負担を強いられた人々
大企業の株主、輸出企業年金生活者、賃金労働者
海外からの観光客、富裕層輸入に頼る中小企業、一般家庭

大企業は「ぬるま湯」のなか:失われる日本の競争力

さらに深刻な問題は、円安という「ぬるま湯」に浸かった大企業が、日本の将来のために必要な投資を怠っていることです。

円安によって簡単に利益が出るため、多くの大企業は厳しい国際競争を勝ち抜くための技術革新や国内の設備投資、そして大幅な賃上げに真剣に取り組む意欲を失っています。過去最高の利益を上げながら、そのお金は国内に再投資されず、「内部留保」として企業内に溜め込まれ、その額は550兆円を超えました。

その結果、日本の国際的な地位は大きく低下しています。

指標1990年代現在(2025年)
世界競争力ランキング1位35位
労働生産性(G7内)上位最下位

出所:IMD世界競争力ランキング、日本生産性本部

かつて世界一を誇った競争力は見る影もなく、労働者一人が一時間に生み出す価値を示す「労働生産性」は、先進7カ国のなかで最下位という状況です。これが、持続的な賃金上昇が実現しない根本的な原因です。

私たちの暮らしと国の未来の岐路

いまの物価高は、単なる経済現象ではありません。それは、円安に頼ることで一部の企業や富裕層を潤わせる一方、国民の大多数の生活を犠牲にし、国の長期的な競争力を削いでいる現在の経済政策の帰結です。

日銀がこの政策を転換するのは容易ではありません。金利を上げれば、日銀自身が保有する大量の国債で巨額の損失を抱えるリスクがあるからです。しかし、このまま「悪い物価高」と「実質賃金の低下」を放置すれば、私たちの暮らし、とくに年金で生活する方々の困難は増すばかりです。

いま、日本は大きな岐路に立たされています。目先の株価や一部の企業の利益を守るのか、それとも国民全体の生活と国の未来のための、痛みを伴う改革に踏み出すのか。その選択が、厳しく問われています。

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