トリドールホールディングス、直近決算にみる成長と課題

トリドールホールディングス、直近決算にみる成長と課題

「丸亀製麺」を筆頭に、国内外で多様な飲食ブランドを展開し、アグレッシブな成長を続ける株式会社トリドールホールディングス(東証プライム:3397)。本稿では、まず同社の2025年3月期連結決算の概要を分析し、その上で資本政策、市場評価、そして企業運営における課題について多角的に考察する。

1. 2025年3月期 連結業績ハイライト:増収も、一時的要因で利益は圧迫

2025年3月期(2024年4月1日~2025年3月31日)のトリドールホールディングスの連結業績は、売上収益が前期比15.6%増の2,682億28百万円と過去最高を更新した。これは、主力の「丸亀製麺」セグメント、国内その他セグメント、海外事業セグメントの全てで過去最高の売上を記録したことによるものである 。

売上総利益から販売費及び一般管理費を差し引いた事業利益も、前期比27.4%増の182億5百万円と大幅な増益を達成し、こちらも過去最高となった 。「丸亀製麺」セグメントが原材料費や人件費の上昇を増収で吸収し大幅増益となったほか、国内その他セグメントは出店費用の増加などでほぼ横ばい、海外事業は一部地域の市況悪化で減益となった 。

しかし、営業利益は前期比23.8%減の86億74百万円親会社の所有者に帰属する当期純利益は前期比65.7%減の18億74百万円と大幅な減益となった 。これは主に、海外事業における不採算店舗やのれんの減損損失として80億66百万円を計上したこと、および丸亀製麺の外部委託契約に関する一過性の費用などがその他の営業費用として計上されたことが影響している。

セグメント別の概況:

  • 丸亀製麺セグメント: 売上収益1,281億42百万円(前期比11.6%増)、事業利益208億96百万円(同13.9%増)。ブランド戦略と商品戦略が奏功し、人気商品や新カテゴリー「丸亀うどーなつ」が貢献。価格改定も実施。
  • 国内その他セグメント: 売上収益354億12百万円(同24.4%増)、事業利益44億47百万円(同0.1%減)。「コナズ珈琲」などが好調で増収も、出店費用や「ずんどう屋」のセントラルキッチン準備費用増加で利益は横ばい。
  • 海外事業セグメント: 売上収益1,046億74百万円(同18.1%増)、事業利益25億24百万円(同7.3%減)。前第2四半期から連結したFulham Shore社の通期寄与で大幅増収も、一部地域の市況悪化や事業ポートフォリオ見直し(丸亀英国事業のフランチャイズ化など)の影響で減益。

総じて、2025年3月期は本業の売上成長は力強いものの、戦略的な事業再編や一時的な費用計上が利益を大きく押し下げる結果となった。

2. 資本政策と財務戦略:成長投資と財務健全性のバランス

1. 自己資本比率の評価:業界特性と成長ステージの考慮

2025年3月期の連結決算におけるトリドールホールディングスの親会社所有者帰属持分比率は27.0%であった 。この水準は、全産業平均や一部の小売業の平均(30%台後半~40%台前半)と比較すると、必ずしも「高い」とは言えないかもしれない。しかし、飲食サービス業は一般的に多店舗展開に伴うリース資産が多く、IFRS第16号適用下ではこれらの使用権資産とリース負債がバランスシートに計上されるため、他の業種に比べて自己資本比率が低めに出る傾向がある。日本の宿泊・飲食サービス業の平均自己資本比率が10%台後半から30%台後半と幅があるデータも存在する中、27.0%という数値は、積極的な成長投資を行っている同社の現状を鑑みれば、一定の財務基盤を維持していると評価できる。実際、前期の25.1%からは改善しており、財務体質の強化も意識されている様子がうかがえる。

2. 借入金と財務レバレッジ:成長のための資金調達

トリドールホールディングスのバランスシートを見ると、成長戦略を支えるための積極的な資金調達の様子がうかがえる。2025年3月期末の連結有利子負債(リース負債を除く)は約882億円である一方、現金及び現金同等物は約823億円と潤沢であり、ネット有利子負債(リース負債除く)は約60億円に留まる。これは大きな財務柔軟性を示す。

しかし、飲食業の特性上、リース負債が約988億円と大きく、これを含めた実質的な有利子負債は相当額に上る。同社は「ファイナンス戦略」の中で、本業による営業キャッシュフローの最大化と機動的な資金調達余力の確保を重視しており (株式会社トリドールホールディングス 株主・投資家情報)、社債発行(2025年3月期に約219億円の収入)や長期借入れを積極的に活用している 。これは、M&A(1,000億円の予算枠を設定との記述もある資料も存在 (経営戦略)) やグローバルでの店舗展開といった成長戦略をファイナンス面から支える意図が明確である。

3. 株主構成:創業者による強力なリーダーシップと安定性

同社の株主構成を見ると、代表取締役社長である粟田貴也氏およびその資産管理会社(有限会社ティーアンドティー)が合計で40%を超える株式を保有しており、創業者による強力なリーダーシップが維持されている。これは、長期的な視点に立った経営判断や迅速な意思決定を可能にする一方で、コーポレート・ガバナンスの観点からは少数株主の意見が反映されにくいといった側面も持ち合わせる。機関投資家も名を連ねているが、創業者の影響力が大きい株主構成と言える。

この安定した株主基盤のもと、同社は累進配当を基本方針とし、株主還元の充実を図りつつ、内部留保を確保して成長投資に振り向ける戦略を採っている 。

4. 資本政策の方向性:「二律両立」の追求

トリドールホールディングスの資本政策は、同社が掲げる「二律両立」(成長性と収益性、PL重視とBS健全性など、相反する要素を両立させる)という経営戦略を色濃く反映している (株式会社トリドールホールディングス 株主・投資家情報)。積極的にレバレッジを活用してグローバル展開やM&Aを推進し成長を追求しつつも、ネット有利子負債(リース除く)を低く抑えることで一定の財務柔軟性を確保し、安定的な配当を通じて株主還元も行うという、バランスを重視した資本政策と言える。中長期的には、成長投資の成果としての収益拡大を通じて自己資本を充実させ、財務基盤を一層強化していくことが期待される。

3. PSR(株価売上高倍率):市場からの成長期待

2025年3月期の売上収益2,682億28百万円 と、直近の株価から算出される時価総額を基に計算したPSRは約1.43倍となる。これは、日本の小売業界の平均PSR(0.9倍程度)を上回り、サービス業界の平均(1.6倍程度)に近い水準である。市場は同社の売上に対し、飲食業界の中でも比較的好意的な評価をしており、グローバル展開を中心とした将来の成長への期待が織り込まれていると考えられる。

4. 企業運営における課題

1. 労働環境に関する指摘

積極的な事業展開の一方で、従業員からは労働環境に対する厳しい意見も散見される。口コミサイトなどでは、シフト管理や業務指示、評価制度の公平性に関する声が見受けられる 。これらの課題への対応は、持続的な成長のための重要な要素となる。

2. コンプライアンスへの取り組み

同社はコンプライアンス体制の整備や内部通報制度の運用を公式に表明している (株式会社トリドールホールディングス サステナビリティ)。これらの制度の実効性を高め、全社的な意識改革を進めることが、企業価値の維持・向上に不可欠である。

5. 成長と安定の両立への挑戦

トリドールホールディングスは、2025年3月期において、売上収益では力強い成長を見せたものの、減損損失などの一時的要因により利益面では厳しい結果となった。しかし、創業者主導のもと、借入金やリースを戦略的に活用し、グローバル市場での成長を加速させる資本政策を推進している。自己資本比率は業界特性や成長ステージを考慮すれば一定の水準を維持しており、潤沢な手元資金は財務の柔軟性を示している。市場からの成長期待も依然として高い。

今後の課題は、本業の収益性をさらに高め、一時的な費用増を吸収できる強固な利益体質を構築すること、そして積極的な成長投資を継続しながら、いかにして財務健全性をさらに高め、同時に現場の労働環境改善やコンプライアンス遵守を徹底していくかという点にある。これら「二律両立」の実現こそが、トリドールホールディングスが真のグローバルフードカンパニーへと飛躍するための鍵となるだろう。