吉野家の決算も比較。今後の展望と牛丼業界の変化

吉野家の決算も比較。今後の展望と牛丼業界の変化

2025年5月16日

牛丼チェーン大手として長年日本の食文化を支えてきた吉野家。しかし近年、コロナ禍からの回復や業界内での競争激化など、さまざまな課題に直面しています。2025年2月期の決算が発表され、その数字からは同社が置かれている状況やこれからの戦略が見えてきます。今回は吉野家の最新決算を分析し、同社と牛丼業界全体の今後について考察してみましょう。

吉野家の決算内容:売上増収も減益の現実

吉野家ホールディングスが2025年4月10日に発表した2025年2月期の決算内容は以下の通りです:

  • 売上高:2,049億8,300万円(前年同期比9.3%増)
  • 営業利益:73億600万円(前年同期比8.4%減)
  • 経常利益:79億9,500万円(前年同期比7.1%減)
  • 親会社に帰属する当期利益:38億300万円(前年同期比32.1%減)

この数字を見ると、売上高は前年同期比で9.3%増加している一方で、利益面では全体的に減少しています。特に当期利益に至っては32.1%という大幅な減少を記録しています。これは一見すると矛盾しているように思えますが、その背景には複雑な要因が絡んでいます。

牛丼業界「御三家」の明暗:コロナ前水準からの回復状況

業界内の競合状況を見ると、牛丼業界の「御三家」と呼ばれる吉野家、松屋、すき家の中で、コロナ前の水準に売上を回復できていないのは吉野家だけという状況が浮かび上がります。コロナ前の2020年2月期には2,162億円あった売上高が、2022年には1,536億円まで落ち込み、現在の2025年2月期でも2,030億円と、コロナ前と比較するとまだ130億円ほど回復していない状況です。

一方、松屋はコロナ禍で一時的に売上が落ち込んだものの、その後はV字回復を果たし、コロナ前の約1.5倍の規模にまで成長しています。すき家を抱えるゼンショーホールディングスに至っては、コロナから早期に回復し、その後も積極的な海外展開やM&Aを進め、売上規模は1兆円を超える巨大企業へと成長しています。

苦戦の背景:なぜ吉野家だけが回復しきれていないのか?

1. メニューの多様性不足

消費者調査によると、「吉野家に行かなくなった理由」として「メニューの選択肢が少ない」という声が多く挙がっています。確かに吉野家でも唐揚げ定食などの商品はありますが、松屋が展開する「海外の家庭料理シリーズ」などの積極的なメニュー開発や、「宿メルり」「水に牛肉」といった話題性のある商品展開と比べると見劣りします。

2. 複合店舗戦略の遅れ

松屋は「マイカリ食堂」(カレー)や「松のや」(とんかつ)などの複数ブランドを持ち、地方ではこれらを複合店舗として展開することで効率的な運営を実現しています。これに対し吉野家は「花丸うどん」などのブランドを持つものの、複合展開が進んでいません。

3. 海外展開の違い

すき家を運営するゼンショーホールディングスは海外店舗が9,700店舗以上あり、国内店舗の約3,800店舗を大きく上回ります。海外市場、特に成長市場での展開が同社の業績に大きく貢献しています。一方、吉野家も海外展開を行っていますが、その規模はゼンショーと比較すると小さく、海外売上比率も低いのが現状です。

吉野家の今後の戦略:脱・牛丼依存へ

こうした状況を打開するため、吉野家は「脱・牛丼依存」を目指した戦略転換を進めています。その中心となるのが「ラーメン事業」への本格参入です。

ラーメン事業強化によるポートフォリオの多様化

2024年12月、吉野家ホールディングスは京都府内で「キラメキノトリ」などのラーメン店を22店舗展開するキラメキノ未来(京都市)の買収を発表しました。また、同年5月にはラーメンスープ・麺の開発製造会社である宝産業株式会社の株式も取得しています。

吉野家HDの河村泰貴社長は、ラーメン事業のM&Aについて「これから10年を戦っていくためにカードを並べている段階」と述べており、将来的にラーメン事業を新たな収益の柱に育てる構想があることが窺えます。

特に注目すべきは、吉野家がラーメン事業で「世界No.1」を目指すという野心的な目標を掲げていることです。ラーメンは海外でも人気の日本食であり、国内の牛丼市場が成熟化する中で、海外市場を視野に入れた成長戦略と言えるでしょう。

店舗展開計画の変更

当初、吉野家は2025年2月期において国内の牛丼店の出店を積極的に進める計画でしたが、物価高やコスト上昇の影響により、計画の半分程度に留まる見通しとなっています。これは、単純な店舗数拡大よりも、収益性を重視する姿勢の表れとも言えます。

2026年2月期の業績見通し

吉野家ホールディングスは、2026年2月期通期の連結業績予想として、売上高2,250億円(前年比9.8%増)、営業利益74億円(同1.3%増)、純利益42億円(同10%増)を見込んでいます。牛丼チェーン「吉野家」などでの値上げを進め、コメや牛肉の価格高騰の影響を吸収する方針を示しています。

業界の変化と吉野家の生き残り戦略

牛丼各社の変化する戦略

牛丼業界全体を見ると、単なる「牛丼屋」としての存在から、多様な食のプラットフォームへと各社が変化しています。

  • 松屋:複合店舗展開、話題性のあるメニュー開発、カレーやとんかつなど多角化
  • すき家(ゼンショー):海外展開の加速、M&Aによる規模拡大、グループシナジー
  • 吉野家:ラーメン事業への参入、既存店の収益性向上、メニュー開発

これからの外食産業と吉野家の可能性

日本の人口減少と高齢化が進む中、国内の外食市場は成熟化が避けられません。こうした環境下で吉野家が取るべき道は何でしょうか。

  1. 多角化戦略の加速:牛丼だけに依存せず、ラーメン事業のようなポートフォリオ拡大
  2. 海外展開の強化:特に成長市場でのプレゼンス拡大
  3. デジタル化とデリバリー対応:顧客接点の多様化
  4. 付加価値の提供:単なる「早い・安い・うまい」から一歩進んだ価値提案

また、2024年10月に吉野家ホールディングスは飲食店の事業承継を支援する新事業「アトツギレストラン」を開始するなど、飲食業界の構造的な課題にも向き合う姿勢を見せています。これは、地域の名店や技術を残す取り組みであると同時に、自社のノウハウやリソースを活かした新たなビジネスモデルの構築とも言えるでしょう。

まとめ:岐路に立つ吉野家、その選択が未来を決める

2025年2月期の決算は、吉野家が直面している課題を浮き彫りにすると同時に、同社が模索している未来への道筋も示しています。牛丼チェーン各社が明暗を分ける中、吉野家は「牛丼の吉野家」から「総合飲食企業グループ」への転換期にあると言えるでしょう。

特にラーメン事業への本格参入は、単なる多角化ではなく、海外市場も視野に入れた成長戦略であり、今後の展開が注目されます。また、値上げによる収益性の確保や、デジタル技術の活用など、時代の変化に対応した施策も求められています。

牛丼チェーン発祥の老舗として長年親しまれてきた吉野家。その歴史と伝統を活かしつつ、いかに新たな時代の飲食ビジネスを切り拓いていくのか、その挑戦はまだ始まったばかりです。2025年度がその成否を占う重要な一年となるでしょう。

今後も吉野家の戦略転換と業績の変化に注目し、日本の外食産業の未来を考える上での重要な指標としていきたいと思います。


最終的に、吉野家が直面している課題は日本の外食産業全体が抱える構造的な問題とも言えます。国内市場の成熟化、人手不足、原材料価格の高騰など、厳しい経営環境は続くでしょう。しかし、そんな中でも顧客のニーズを的確に捉え、時代に合わせた変革を続けることができれば、「牛丼の吉野家」という看板を超えた新たな価値を創造できる可能性は十分にあります。その意味で、吉野家の今後の動向は外食産業全体の行方を占う上でも重要な指標となるでしょう。